明石の姫君が入内するにあたっての、調度品として、習字の手本となる名筆を選ぶ光源氏。そこで、光源氏は、独自の仮名論を展開する。
光源氏によると、仮名は、昔よりも今の方が優れているという。そして、六条御息所や、藤壷など、今は亡き人々の筆跡を、思い出とともに振り返っている。
嵯峨天皇の書いた万葉集、延喜天皇の書いた古今和歌集、などの過去の名品も登場する。
2012年7月29日日曜日
梅枝:香合わせに大人げない光源氏
多芸な光源氏は、この帖では、過去に教わった調合法をもとに、自ら香の調合を行う。
紫の上も、別な方法で香を調合する。光源氏がその様子を窺おうとするが、紫の上は、恥ずかしがり、その様子をなかなか見せない。
光源氏は、”そんなに隠すなら、どちらが優れているか勝負しよう”などと、大人げないことを言い出す。
その光源氏の様子は、次のように表現されている。”人の御親げなき、御争い心なめり。”
紫の上も、別な方法で香を調合する。光源氏がその様子を窺おうとするが、紫の上は、恥ずかしがり、その様子をなかなか見せない。
光源氏は、”そんなに隠すなら、どちらが優れているか勝負しよう”などと、大人げないことを言い出す。
その光源氏の様子は、次のように表現されている。”人の御親げなき、御争い心なめり。”
梅枝:父親としての光源氏
前の真木柱の帖をもって、長い玉鬘を巡る物語が終わった。
この帖と次の帖では、光源氏と明石の君の子、明石の姫君が、東宮への入内に関わる様々なエピソードが紹介される。
玉鬘は、もとは自分の娘ではなく、養女であったために、その美しさに、葛藤を見せた光源氏だが、明石の姫君の場合は、自分の本当の娘、しかも、年がわずか11才ということもあり、この帖では、父親としての光源氏だけが、表現されている。
また、帖の後半では、息子の夕霧が、なかなか結婚相手が決まらないことに関して、しかるべき時期に結婚しないと、まわりがよからぬことを噂するぞ、として、早く相手を決めるように、諭している。
この帖と次の帖では、光源氏と明石の君の子、明石の姫君が、東宮への入内に関わる様々なエピソードが紹介される。
玉鬘は、もとは自分の娘ではなく、養女であったために、その美しさに、葛藤を見せた光源氏だが、明石の姫君の場合は、自分の本当の娘、しかも、年がわずか11才ということもあり、この帖では、父親としての光源氏だけが、表現されている。
また、帖の後半では、息子の夕霧が、なかなか結婚相手が決まらないことに関して、しかるべき時期に結婚しないと、まわりがよからぬことを噂するぞ、として、早く相手を決めるように、諭している。
2012年7月16日月曜日
真木柱:玉鬘の結婚の波紋
玉鬘が、髭黒の元に嫁ぐことになり、その波紋が、この帖では語られる。
光源氏こそが、もっとも落胆すべきだが、落胆しつつも、仕方がないこと、として、意外にもその反応は、それほど大きくない。
もともと、自分のものになると思っていた、冷泉帝は、未練たっぷりに、その後に宮廷入りした玉鬘に言い寄っている。
かつての求婚者で、最も可能性が高いと思われた、蛍兵部卿宮も、なかなか玉鬘のことが忘れられない。
実の父親である内大臣は、むしろ、相手が髭黒でよかったのではないか、と
冷静に分析している。
光源氏こそが、もっとも落胆すべきだが、落胆しつつも、仕方がないこと、として、意外にもその反応は、それほど大きくない。
もともと、自分のものになると思っていた、冷泉帝は、未練たっぷりに、その後に宮廷入りした玉鬘に言い寄っている。
かつての求婚者で、最も可能性が高いと思われた、蛍兵部卿宮も、なかなか玉鬘のことが忘れられない。
実の父親である内大臣は、むしろ、相手が髭黒でよかったのではないか、と
冷静に分析している。
真木柱:正室に逃げられあわれな髭黒
憧れの玉鬘をものにして、天にも昇る思いの髭黒だったが、その後は、大きな悲劇に襲われる。
髭黒の本妻、北方は、光源氏の正妻である紫の上とは母違いの姉妹であった。髭黒が玉鬘にメロメロなのに呆れ果て、悪霊に取り憑かれていることもあり、実家の式部卿宮の勧めもあり、ついに家を出て、実家に戻ってしまう。
その時、強引に北方に連れて行かれた髭黒の娘(真木柱)が、家を去る際に、家の柱の割れ目に、歌を差し入れたことが、この帖の名前の由来になっている。
(真木柱)今はとて宿離れぬとも馴れきつる 真木の柱は我を忘るな
髭黒にとって、玉鬘を娶ったことは、大きな悲劇の始まりだった。玉鬘にとっても、その結婚は、決して、望んだことではなかった。
髭黒の本妻、北方は、光源氏の正妻である紫の上とは母違いの姉妹であった。髭黒が玉鬘にメロメロなのに呆れ果て、悪霊に取り憑かれていることもあり、実家の式部卿宮の勧めもあり、ついに家を出て、実家に戻ってしまう。
その時、強引に北方に連れて行かれた髭黒の娘(真木柱)が、家を去る際に、家の柱の割れ目に、歌を差し入れたことが、この帖の名前の由来になっている。
(真木柱)今はとて宿離れぬとも馴れきつる 真木の柱は我を忘るな
髭黒にとって、玉鬘を娶ったことは、大きな悲劇の始まりだった。玉鬘にとっても、その結婚は、決して、望んだことではなかった。
真木柱:すでに決まっていた玉鬘の運命
玉鬘が、最終的に髭黒に嫁ぐことになったのは、なぜなのだろうか?
髭黒という相手は、意外な相手のように思える。しかし、もともと玉鬘は、肥前にいた際に、地元の豪族から、強引に迫られ、そこから逃れるようにして、たまたま縁のあった、光源氏の元に引き取られた。
この肥前の豪族のイメージは、髭黒大将のイメージと、非常によく重なる。最初から、玉鬘は、髭黒に嫁ぐ運命だったのだろうか。
髭黒という相手は、意外な相手のように思える。しかし、もともと玉鬘は、肥前にいた際に、地元の豪族から、強引に迫られ、そこから逃れるようにして、たまたま縁のあった、光源氏の元に引き取られた。
この肥前の豪族のイメージは、髭黒大将のイメージと、非常によく重なる。最初から、玉鬘は、髭黒に嫁ぐ運命だったのだろうか。
真木柱:玉鬘を強引にものにした髭黒大将
光源氏が、養女として引き取り手塩にかけて育て、都で一番の美女との評判を得、多くの求婚者がありながら、内侍の上として宮中に上らせるとに決めたその矢先、こともあろうか、玉鬘は、強引に迫った髭黒に操を奪われてしまった。
しかし、その肝心の様子は、この帖では語られない。その自体を受けて、髭黒に秘密にしておくようにという、光源氏の言葉から、この帖は始まる。
光源氏は、玉鬘の宮廷入りを早くに決めながら、日取りが悪いとして、その時期を遅らせていたが、それが、結果的には、髭黒の焦りを誘い、このような自体を招いてしまった。
しかし、その肝心の様子は、この帖では語られない。その自体を受けて、髭黒に秘密にしておくようにという、光源氏の言葉から、この帖は始まる。
光源氏は、玉鬘の宮廷入りを早くに決めながら、日取りが悪いとして、その時期を遅らせていたが、それが、結果的には、髭黒の焦りを誘い、このような自体を招いてしまった。
藤袴:はがゆい兄妹の再会
立場が変わったのは、夕霧だけではない。かつては、玉鬘に熱を上げていた内大臣の息子の柏木も、突然、兄と妹になった玉鬘には複雑な感情を抱いていた。
父の内大臣の使いとして、玉鬘の元を訪れ、宮中に入るためのアドバイスなどをしようとするが、玉鬘は、気分が優れず、お付きの人を通しての対応になる。
柏木は、兄妹であるにもかかわらず、そうした他人を通じてのやり取りに戸惑いを隠せない。
父の内大臣の使いとして、玉鬘の元を訪れ、宮中に入るためのアドバイスなどをしようとするが、玉鬘は、気分が優れず、お付きの人を通しての対応になる。
柏木は、兄妹であるにもかかわらず、そうした他人を通じてのやり取りに戸惑いを隠せない。
藤袴:玉鬘に想いを寄せる夕霧
玉鬘が、父の光源氏の娘ではなく、内大臣の娘だと知り、夕霧は、玉鬘に淡い恋心を抱く。
共通の親戚である、内大臣の母の大宮の死で、いずれも喪服を着ていることを、夕霧は次の歌にして玉鬘に恋心を打ち明ける。
(夕霧)同じ野の露にやつるる藤袴 あはれはかけよかごとばかりも
しかし、玉鬘は次のように返し、夕霧の心を取り合わない。
(玉鬘)たづぬるに遥けき野べの露ならば うす紫やかごとならまし
玉鬘は、すでに内侍の上として宮中への出廷が決まっているが、すでに宮中には、光源氏の養女である秋好中宮、内大臣の娘である弘徽殿女御も出廷しており、その中で自分がやっていけるかどうか不安に感じている。
夕霧の恋に応えられる余裕はないのだった。
共通の親戚である、内大臣の母の大宮の死で、いずれも喪服を着ていることを、夕霧は次の歌にして玉鬘に恋心を打ち明ける。
(夕霧)同じ野の露にやつるる藤袴 あはれはかけよかごとばかりも
しかし、玉鬘は次のように返し、夕霧の心を取り合わない。
(玉鬘)たづぬるに遥けき野べの露ならば うす紫やかごとならまし
玉鬘は、すでに内侍の上として宮中への出廷が決まっているが、すでに宮中には、光源氏の養女である秋好中宮、内大臣の娘である弘徽殿女御も出廷しており、その中で自分がやっていけるかどうか不安に感じている。
夕霧の恋に応えられる余裕はないのだった。
行幸:内大臣にからかわれる近江の君
末摘花が光源氏にからかわれるのに、対応するように、内大臣は自分の娘の近江の君をからかっては、悦に入っている。
近江の君からすれば、自分は田舎者のせいで、なかなか出生しないのに、玉鬘は、自分と同じような地方出身でありながら、皆にちやほやされて、羨ましいのだろう。
近江の君は、自分の欠点をよくわかっていながら、その落ち着きのない性格のせいで、内大臣の家の人々とは、つねにひと悶着を起こしてしまう。
父親の内大臣は、そうした近江の君を構うでもなく、むしろ自分の気晴らしの対象として、扱っている。
近江の君からすれば、自分は田舎者のせいで、なかなか出生しないのに、玉鬘は、自分と同じような地方出身でありながら、皆にちやほやされて、羨ましいのだろう。
近江の君は、自分の欠点をよくわかっていながら、その落ち着きのない性格のせいで、内大臣の家の人々とは、つねにひと悶着を起こしてしまう。
父親の内大臣は、そうした近江の君を構うでもなく、むしろ自分の気晴らしの対象として、扱っている。
行幸:またも光源氏にからかわれる末摘花
この物語が、ある意味でマンネリ化していく中で、末摘花は、ますますコミカルな存在として、笑いの対象になっていく。
玉鬘の裳着の式(女子の成人式)に合わせて、六条院の人々を始め、いろいろな人から贈り物や歌が玉鬘、光源氏に贈られる。
その中で、末摘花は、相変わらず、”唐衣”という言葉を使った歌を贈る。
(末摘花)わが身こそ恨みられけれ唐衣 君が袂になれずと思えば
光源氏は、末摘花の歌がまったく的外れなのをおかしがり、玉鬘と笑いあいながら、皮肉たっぷりに次の歌を詠んだりする。
(光源氏)唐衣又からころもからころも かへすがへすぞからごろもなる
玉鬘の裳着の式(女子の成人式)に合わせて、六条院の人々を始め、いろいろな人から贈り物や歌が玉鬘、光源氏に贈られる。
その中で、末摘花は、相変わらず、”唐衣”という言葉を使った歌を贈る。
(末摘花)わが身こそ恨みられけれ唐衣 君が袂になれずと思えば
光源氏は、末摘花の歌がまったく的外れなのをおかしがり、玉鬘と笑いあいながら、皮肉たっぷりに次の歌を詠んだりする。
(光源氏)唐衣又からころもからころも かへすがへすぞからごろもなる
行幸:内大臣と玉鬘の微妙な再会の場面
長い間、離ればなれになっていた父と娘の再会となれば、お互い抱き合っての涙の再会か・・・と思いきや、内大臣と玉鬘の再会は、微妙な雰囲気の元に行われた。
内大臣の方は、感慨深げに、歌を詠んでいるが、娘の玉鬘の方は、ずっと合いたいと願ってはいたが、あまりの急展開もあり、恥ずかしさの方がまさり、上手く歌を返すことはできない。代わりに、光源氏が歌を返し、珍しい、内大臣と光源氏の歌のやり取りが行われる。
(内大臣)うらめしや沖つ玉藻をかづくまで 磯がくれける海士の心よ
(光源氏)よるべなみかかる渚にうつよせて 海士も尋ねぬ藻屑とぞみし
内大臣の方は、感慨深げに、歌を詠んでいるが、娘の玉鬘の方は、ずっと合いたいと願ってはいたが、あまりの急展開もあり、恥ずかしさの方がまさり、上手く歌を返すことはできない。代わりに、光源氏が歌を返し、珍しい、内大臣と光源氏の歌のやり取りが行われる。
(内大臣)うらめしや沖つ玉藻をかづくまで 磯がくれける海士の心よ
(光源氏)よるべなみかかる渚にうつよせて 海士も尋ねぬ藻屑とぞみし
行幸:ついに内大臣に玉鬘の素性を明かす
光源氏は、玉鬘が内大臣(頭の中将)と夕霧の忘れ形見だとうことを、いつかは告げねばならないと、常に心に留めていた。
そして、内大臣の母である大宮が、病に冒され、先も心配になったということを聞いて、大宮に孫の存在を知らないままにしておくことはできないと考え、ついに秘密を打ち明けることを決意する。
内大臣は、光源氏が合いたいという申し出に、光源氏の息子の夕霧と、自分の娘の雲井雁のことかと疑いながら、久し振りの対面を果たすが、玉鬘のことと知らされ、あまりのことにうれし涙にくれる。
光源氏と内大臣は、久し振りの再会に、普段の政治的な対立も忘れ、昔話や玉鬘のことを存分に語り合い、お互い、笑いと涙に暮れるのであった。
そして、内大臣の母である大宮が、病に冒され、先も心配になったということを聞いて、大宮に孫の存在を知らないままにしておくことはできないと考え、ついに秘密を打ち明けることを決意する。
内大臣は、光源氏が合いたいという申し出に、光源氏の息子の夕霧と、自分の娘の雲井雁のことかと疑いながら、久し振りの対面を果たすが、玉鬘のことと知らされ、あまりのことにうれし涙にくれる。
光源氏と内大臣は、久し振りの再会に、普段の政治的な対立も忘れ、昔話や玉鬘のことを存分に語り合い、お互い、笑いと涙に暮れるのであった。
行幸:冷泉帝の大原野への行幸
この帖の題名にもなっているのは、冒頭で語られる、冷泉帝の京都西にある大原野への鷹狩りの行幸。あまりの大行列に、都に住む人でこれを見なかった人はいなかった、と記述されている。
六条院の玉鬘もこの行列を見て、特に始めてみる冷泉帝の姿に、光源氏の面影を見て、宮廷で冷泉帝のお側に使えるのも悪くないな、と思ったりする。冷泉帝は、光源氏の子供だから、似ているのは当然のこと。
玉鬘は、光源氏から、自分の身の振り方として、冷泉帝のお側に使えることも考えてみたら、と言われていた。
光源氏は、冷泉帝からこの行幸に同行するように誘われるが、物忌みを理由に辞退している。もし光源氏が同行すれば、むしろ冷泉帝より目立ってしまうだろう。
六条院の玉鬘もこの行列を見て、特に始めてみる冷泉帝の姿に、光源氏の面影を見て、宮廷で冷泉帝のお側に使えるのも悪くないな、と思ったりする。冷泉帝は、光源氏の子供だから、似ているのは当然のこと。
玉鬘は、光源氏から、自分の身の振り方として、冷泉帝のお側に使えることも考えてみたら、と言われていた。
光源氏は、冷泉帝からこの行幸に同行するように誘われるが、物忌みを理由に辞退している。もし光源氏が同行すれば、むしろ冷泉帝より目立ってしまうだろう。
登録:
投稿 (Atom)