この帖の題名にもなっているのは、冒頭で語られる、冷泉帝の京都西にある大原野への鷹狩りの行幸。あまりの大行列に、都に住む人でこれを見なかった人はいなかった、と記述されている。
六条院の玉鬘もこの行列を見て、特に始めてみる冷泉帝の姿に、光源氏の面影を見て、宮廷で冷泉帝のお側に使えるのも悪くないな、と思ったりする。冷泉帝は、光源氏の子供だから、似ているのは当然のこと。
玉鬘は、光源氏から、自分の身の振り方として、冷泉帝のお側に使えることも考えてみたら、と言われていた。
光源氏は、冷泉帝からこの行幸に同行するように誘われるが、物忌みを理由に辞退している。もし光源氏が同行すれば、むしろ冷泉帝より目立ってしまうだろう。
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