2012年4月30日月曜日

少女:四季を楽しめる広大な六条院

光源氏は、35才にして、太政大臣の位につき、六条御息所の屋敷の跡地に、広大な屋敷、六条院を建てた。それは、4つの大きな”町”から構成される、大邸宅であった。

その4つの町は、晴れて中宮となった梅壷女御改め秋好中宮、紫の上、花散里、明石の君が住むことになる。

秋を好む秋好中宮の町には紅葉、春を好む紫の上の町には桜、花散里の町には夏をイメージした泉、そして、冬をイメージした明石の君の町には松。

四季それぞれが楽しめる、まさに、この世の楽園だ。

少女:微笑ましい夕霧と雲井雁の恋

夕霧が、その恋しい想いを雲井雁に告白すると、雲井雁も”自分も恋しい”と応える。

その言葉を聞いた夕霧が、確認するように、”恋しいとは、私を思ってのことですか?”と尋ねると、雲井雁は、小さくうなずく。

原文では、

夕霧「「恋し」とは、(私を)おぼしなんや」
、とのたまえば、すこしうなずき給うさまも、幼げなり。

源氏物語の中では、光源氏を中心に、様々な恋のかたちが表現されているが、このシーンはその中でも、特に心に残る場面だ。


少女:恋の相手に現れる光源氏と夕霧の違い

夕霧の初恋は、幼なじみの雲井雁、そして、光源氏の臣下の惟光の娘。確かに、美しい女性なのだろうが、身分的にはパットしない。

それに比べて、父親の光源氏は、桐壺院の女御、藤壷、六条御息所。そうした面々と比べると、やはり、見劣りがしてしまう。しかも、夕霧の恋の仕方は、大胆な父親のやり方に比べ、大人しく暗い感じ。

作者は、父親が光源氏というとこで、夕霧の容姿は美しいと書いているが、性格については、幸少なかった母親の葵の上の性格を、継いでいるように夕霧を描いている。

少女:徹底した身分社会

光源氏は、亡き葵の上との間にできた息子、夕霧が元服を迎えると、周囲は官位は四位が相応しい、と噂する中で、意外にも六位という、昇殿が許される最も低い位を与えた。

これには、わずか12才の夕霧でさえ、”この幼心地にも、いと口惜しく”と思うほど、ショックなことだった。今後、夕霧は、この低い官位について、何度か周囲からバカにされてしまう。

光源氏という太政大臣の息子であっても、官位が低ければ、それなりに扱われてしまう社会が、この物語が描く社会だったのだ。

少女:父と息子、父と娘

少女の帖では、二人の親の子供に対する想いが全体のストーリーの中核になっている。1つは、光源氏の夕霧に対する想い。もう一つは、頭の中将の雲井雁に対する想い。

光源氏は、元服した夕霧に、周囲の期待とは異なり、六位という低い官位を与え、さらに、学問をするように、と夕霧に家庭教師をつけ、猛勉強させる。

一方の頭の中将は、娘の雲井雁を天皇の后にしようと目論んでいるが、雲井雁が幼なじみの夕霧に淡い恋愛感情を抱いている事を知って激怒し、雲井雁を夕霧から引き離してしまう。

親の心、子知らず。子の心、親知らず。このテーマは、国が変わっても、時代が変わっても、誰の心にも受け入れられる、普遍的なテーマだ。

朝顔:冬の素晴らしさを語る光源氏

前の帖、薄雲で、春の方に軍配をあげた光源氏だが、この朝顔の帖では、冬の素晴らしさを語っている。

花・紅葉の盛りよりも、冬の夜の澄める月に、雪の光あひたる空こそ、あやしう、色なきものの、身にしみて、この世のほかの事まで思い流され、おもしろさもあはれさも、残らぬ折なれ。

冬の夜、月の光が積もる雪を照らす。夜の黒と雪の白が織りなすモノトーンの世界が、あの世の事まで連想させる、不思議な雰囲気をもつことを、そのような美しい言葉で、表現している。

光源氏の一貫性のなさを責める事もできようが、季節ごとに、違った姿をみせる自然の風景に、素直に心を動かされる、その”やまとごころ”にこそ、この物語の神髄が現れている。

朝顔:和歌は心をつなぐ架け橋

つれない対応の朝顔に、光源氏が贈った歌。

見しをりのつゆ忘られぬ朝顔の花の盛りは過ぎやしぬらん

それに対して、朝顔の返し。

秋はてて露のまがきにむすぼほれあるかなきかにうつる朝顔

いやはや。ここまで光源氏を袖に振る朝顔という女性の凄さに、ただただ圧倒させられる。

『古今和歌集』や『新古今和歌集』における和歌は、作者の心情をつづったものが多く、単独で独立した作品として扱われている。しかし、『万葉集』における額田王と天武天皇の交わした和歌のように、対話の手段としての和歌は、送りと返しの両方で1つの作品を構成する。

源氏物語においては、登場人物が自分一人で和歌を詠むことも多いが、このように、自分の想いを相手に伝える手段としての和歌の素晴らしさが、随所に味わえる。

朝顔:恋は人を若返らせる

光源氏は、かつて恋心をいたいだ朝顔が、賀茂神社の斎院から戻っているということを知り、再び恋心を蘇らせる。

朝顔の家にまでは行ってみたが、朝顔は、昔同様、光源氏につれない対応で、部屋の中にはいれてくれない。

光源氏のその時の言葉。”いまさらに、わかわかしき心地する、御簾の前かな。”

まるで恋のみに生きる若者のように、軽くあしらわれてしまった自分を嘆くと同時に、しかし、自分が若返ったようにも感じる、30代男の微妙な感情が、よく現れている。

2012年4月15日日曜日

薄雲:春と秋との好み対決

薄雲の帖では、光源氏と梅壷女御との間で、春と秋について、どちらを好むかと言う会話が交わされる。

光源氏は、中国では春の方を好むようだが、日本では秋を好む傾向が強いようだと前置きして、梅壷女御にその好みを尋ねる。

梅壷女御は、亡き母(六条御息所)を思い出すとして、秋の夕べが好きだと語る。

光源氏は、紫の上が春の曙を好んでいることを思い出し、自分自身は、どちらも好きだが、といいつつ、紫の上の方に軍配を上げたいような素振りを見せる。

薄雲:光源氏の久しぶりの恋

須磨から戻ってから、政治ついていた光源氏が、この薄雲の帖では、久しぶりに恋心を明らかにする。

しかも、その相手は、かつて亡くなる直前に、父親代わりになると六条御息所に約束し、今は自分の息子である冷泉帝の元にいる梅壷女御だった。

光源氏は、ちょうど、藤壷が亡くなったり、出生の秘密を知った冷泉帝から、退位したいと相談を受けたりと、何かと心憂いことが重なった時期だった。

突然の告白に、戸惑う梅壷女御。光源氏のどうしようもなさには、ほとほと呆れるばかりだ。

薄雲:人の世と自然との連動

藤壷が亡くなった年は、光源氏の亡き正妻、葵の上の父である太政大臣が亡くなった年でもあった。

その年は、疫病が発生するなど、自然界にも不思議なことが起こっていた。”天つ空にも、例に違える、月・日・星の光りみえ、雲のたたずまひあり”と記されている。

この時代、人間の社会と自然は、連動していると考えられていた。

この帖の後半で、実はそうした出来事が、ある僧都の口から、時の天皇である冷泉帝に対して、冷泉帝が光源氏と藤壷の不義の子で、その事実を隠していることから発生しているのだ、と告げられる。

冷泉帝は、ショックのあまり、退位まで考えることになる。この時、冷泉帝はわずか14才だった。

薄雲:光源氏の最愛の女である藤壷の死

光源氏が、その幼き日からずっと思い続け、愛し続けてきた藤壷が、ついに37才と言う若さで亡くなってしまう。

その死は、近親者だけでなく、都中が悲しみに沈んだ。”殿上人など、なべて、ひとつ色に黒みわたりて、物の映えなき、春の暮れなり”と表現されている。

春の終わりに亡くなるということは、桜が散ることを象徴しているのかもしれない。

光源氏は悲しみに暮れる。念仏堂にこもり、一日中、涙に暮れて過ごす。その時に詠んだ歌が、この帖の題名にもなっている。

入日さす峰にたなびく薄雲は物おもふ袖に色やまがえる

薄雲:明石の上の悲しい別れ

明石の上は、光源氏から、二条の屋敷に引っ越すことを盛んに勧められるが、自分が地方出身で、家柄も良くないことを理由に、躊躇している。

光源氏は、せめてそのかわいい娘だけでも引き取りたいと望み、明石の上も周囲の説得もあり、ついに承諾する。

この帖では、その母子の別れが、感情豊かに表現され、愛する子供引き離される、明石の上の悲しみが読者に伝わってくる。

明石の上の劣等感は、自分が都でなく地方の出身であること、身分が低いことから来ている。当時社会には、すでに中央と地方、身分社会というものが、日本の社会に確立していたことがわかる。勿論、それは、今でも続いている。

明石の上は、この物語の中で、珍しく地名が名前になっている。そんなところにも、彼女の立ち場がよく表れている。

2012年4月7日土曜日

松風:まるで現代ドラマの1シーン

光源氏は、明石上の生んだ女の子があまりにかわいいので、自分の近くに置いておきたいが、明石上は別邸に住んでいる上に、自分は紫の上と暮らしている。

光源氏は、その娘を引き取り、紫の上に育ててほしいと願っているが、紫の上がそれを簡単に承知するはずもない。

光源氏は、いろいろ姑息な手段をつかいながら、子供好きな紫の上の性格を利用して、紫の上にその話を納得させようとする。

そうした光源氏と紫の上のやりとりは、まさに現代のテレビドラマの1シーンを見ているようだ。

松風:松風の音ってどんな音?

都にきた明石上。光源氏がなかなか会いにきてくれず、光源氏の形見の琴をかきならしていると、秋の松風の音がそれに合わせるように聞こえてくる。その際に、母の尼君が詠んだ歌。

(尼君)身をかえてひとり帰れる山里に聞きしに似たる松風ぞ吹く

なんとも、秋の風情を感じさせる情景。しかし、せちがない都会の暮らしの中では、松風など聞けるはずもない。

昔の人々は、この場面を読みながら、自分が聞いたことのある松風の音色を思い出したのだろうが、現代人には、そうした読み方はもうできないのかもしれない。

松風:明石の君と入道の別れの歌

松風の帖には、冒頭で、明石上が、光源氏の待つ都に向かうため、母である尼君とともに明石を離れるシーンがある。

その際に、明石に残る父の入道と交わした和歌が、家族の別れの悲しさをよく表している。

(入道)行き先をはるかに祈る別れ路に堪えぬは老いの涙なりけり

(尼君)もろともに都は出できこのたびやひとり野中の道にまどはむ

(明石上)いきて又あひ見むことをいつとてか限りも知らぬ世をば頼まむ

いずれも、何の技巧もない、実に素直な気持ちを表現した歌だ。

源氏物語の作者は、その場面に応じて、またその登場人物の気持ちや立場に応じて、様々なパターンの歌を作ることができたのだ。