2012年12月24日月曜日

早蕨:大人になっていく中君

八の宮の二人の娘、大君と中君。ここまでは、姉の大君ばかりに焦点が当たっていた。中君は、しっかりものの姉に庇護される存在、として描かれてきた。

しかし、その大君が亡くなり、中君も、自分で自分の人生のみの振り方を決めて行かなければならない。次第に、中君の個性が表に出てくる。

そうすると、自然と、中君の姿は、姉の大君の姿に重なるようになっていく。

この帖では、正月から2月までの季節が描かれている。早蕨、梅、そして桜が描かれている。冬から春の訪れに合わせて、一人の女性が、大人になっていく様子が描かれる。

人物の変化と、季節の変化を重ねて描く、作者の描写は、見事、という他ない。

中君が、大人へ変化する象徴的なシーン、長く暮らした宇治を離れる際に歌われる歌は、心に強く残る。

(中君)眺むれば山より出でて行く月も 世にすみ侘びて山にこそ入れ

早蕨:薫と匂宮との微妙な間柄

宇治十帖で、主要な登場人物である薫と匂宮。いずれも光源氏に縁があり、イケメンで年齢も近い。二人の関係は、友情もあれば、恋のライバルでもある。

大君が死んでしまい、落ち込んでいる薫を、匂宮は、気の毒がって、心配りをし、薫も匂宮の配慮に、友情を感じる。

しかし、その一方で、薫は中君が次第に大君に似てきていることもあり、中君に淡い恋心を抱くようになり、匂宮はそれを警戒する。

今も昔も、若い男同士の関係は、こんなものだ。

(匂宮)祈る人の心にかよふ花なれや 色には出でず下に匂へる

(薫)見る人にかごと寄せける花の枝を 心してこそ折るべかりけれ

梅が香る季節に、薫が匂宮を訪れるこのシーンは、古来、多くの絵に描かれてきた。

早蕨:短いながら中身は濃い

この早蕨の帖は、前の総角の帖が長かったのに比べて、拍子抜けするほど短い。

しかし、大君の死後、匂宮がついに中君を自分の元に呼ぶことを決断し、中君が宇治を離れ、都で暮らし始めるまでのことを描いている。

短いながら、宇治を離れる中君の思い、弁の君との別れ、夕霧の娘の六の君の匂宮への輿入れ、そして、薫の中君への恋心など、いろいろなテーマが登場する。

2012年12月20日木曜日

総角:薫と大君の最後の時間

(薫)総角に長き契りを結びこめ おなじ所によりもあはなん

(大君)ぬきもあへずもろき涙の玉の緒に ながき契りをいかが結ばん

この二人のすれ違いの和歌で始まったこの帖は、実に長い。延々と、この二人のすれ違いが描かれず。

そして、最後には、病いの大君を訪ねた薫が、大君の最後を看取る。

その大君の最後は、実に丹念に、長々と描かれる。

それは、まるで、薫の大君への思いの複雑さを、そのまま表しているようだ。

総角:周りに振り回されるだけの匂宮

光源氏と明石の君の子、明石中宮と今上天皇の子、匂宮。

この帖では、周りに振り回されてばかりの、気の毒な役を演じている。

大君に想いを寄せる薫、大君から中君を押し付けられそうになると、その中君を匂宮と結びつけてしまう。

母親の明石中宮は、匂宮を、夕霧と藤典侍の娘、六君と結婚させようとしているので、匂宮が頻繁の宇治に通うことを快く思っていない。

母からのプレッシャーを感じ、なかなか宇治を訪れることが出来ず、中君は悲しみに暮れる。

かつて、散々、周りの人間を振り回した祖父の光源氏の因縁か、とにかく周りに振り回される匂宮であった。

総角:薫と大君の奇妙な関係

大君に熱烈な思いを寄せ、しつこく、大君の住む宇治を訪れる大君。

いやいやながらも、父と親しく交際していた薫の訪問を断りきれない、大君。しかし、ついに、薫の気持ちを受け入れることはなかった。

薫は、積極的に大君に迫る物の、強引に操を奪う、というわけではない。

大君は、妹の中君を薫と結びつけようとするが、薫は、逆に匂宮に中君を、押し付けてしまう。

何とも煮え切れない、この二人の関係は、結果的に、大君は、その匂宮と中君の行く末を案じた心労が元で、ついに亡くなってしまう。

総角:主人公は大君

この帖の主人公は、紛れもなく大君だ。

父の八の宮が亡くなり、妹の中君と二人きりになってしまった。薫が大君に言い寄るが、大君は薫の愛を拒否、ひたすら、中君の幸せだけを願っている。

そして、匂宮と中君の行く末を気にやみ、その心労で、ついに儚く、亡くなってしまう。

自分の幸せを犠牲にし、妹の幸せのことだけを願うという、その後の日本の物語に登場する典型的な”姉”像は、この大君によって、すでに完成されていた、といっていい。

この物語全体の中でも、この大君は、とりわけ印象に残る、登場人物の一人だ。

2012年12月10日月曜日

椎本:頼りない薫

八宮は、亡くなる前から、薫に、自分が亡き後、二人の娘を保護するように、それとなくほのめかしていた。

八宮が亡くなり、薫の男としての力の見せ所だが、薫の性格からいって、強引に自分の屋敷に引き取ったりはできない。

どうしても、光源氏の強引さと、比べて、薫の頼りなさを感じてしまう。

薫の見方をすると、残された娘の一人、姉の大君が、薫より年上で、しかもしっかり者。薫が強引になれない状況がある、ともいえる。

神なき時代の、小さき人々による、人間悲喜劇が、引き続き展開されて行く。

椎本:宇治の自然の美しい描写

椎本の帖は、宇治十帖といわれるものの中の1つの帖。

特にこの帖では、二月から、年をまたいで翌年の夏まで、長い期間が描かれている。

宇治の四季のそれぞれの季節の様子が、雰囲気ある文章、多くの和歌によって、美しく描かれる。

(八宮)山風に霞吹きとく声はあれど 隔てて見ゆる遠の白波

(匂宮)遠近の汀に浪はへだつとも なほ吹き通え宇治の川風

あるいは、

(匂宮)を鹿なく秋の山里いかならむ 小萩が露のかかる夕暮

(大君)涙のみきりふたがれる山里は まがきに鹿ぞもろ声になく

椎本:八宮の死

光源氏とは異母弟にあたり、不運がかさなり、若くして妻を失い、美しい娘、二人と宇治の地に暮らしていた八宮。

出生の秘密をもつ薫にとっては、まるで、父のような存在だったが、この帖で、八月の真夏の時期に、突然亡くなってしまう。

天皇の子でありながら、その寂しい死は、余りにも悲しい。

しかし、この八宮の死によって、残された二人の娘と、薫、匂宮をめぐる、恋の物語が展開されていく。

2012年11月24日土曜日

橋姫:ついに自らの出生の秘密を知った薫

冷泉帝から、宇治の地で、ひたすら仏道に明け暮れる八の宮の話を聞いて、薫は興味を引きつけられる。

薫は、その出生のせいからか、母の女三宮が、出家の生活を送っているからか、やはり、仏道に一方ならぬ興味を持っていた。

そして、八の宮という人物に会いたくなり、その出会いが縁となり、自らの出生の秘密を知ることとなる。

そして、本当の父、柏木の書いた文章や歌に、接することになる。

(柏木)目の前にこの世をそむく君よりも よそに別るる魂ぞ悲しき

(柏木)命あらばそれとも見まし人知れぬ 岩根にとめし松の生ひ末

八の宮は、光源氏とは、母違いの兄弟に当たる。八の宮は、薫にとって、父のような存在として描かれている。

橋姫:宇治の土地の特性を上手く使っている

この橋姫から、いわゆる宇治十帖が始まる。

この帖では、その宇治についての自然描写が多く、この帖の名前自体も、宇治川の様子を歌い込んだ、以下の歌からとられている。

(薫)橋姫の心をくみて高瀬さす 棹のしづくに袖ぞぬれぬる

(大君)さしかえる宇治の河長朝夕の しづくや袖を朽たし果つらむ

かつて光源氏が、明石の地を訪れ、物語の展開が大きく変わったように、薫は、この宇治を訪れることで、自分の出生の秘密を知ることになる。

都から少し離れ、山と川に囲まれた地。作者とも縁のあった藤原道長が、平等院を建てた場所。

そうした宇治の特性を、この帖では、実に上手に活かしている。

橋姫:素晴らしい構成の帖

この帖は、そのストーリーの構成が、実によく出来ている。

光源氏と、母の違う兄弟に当たる、桐壺院の子供の八の宮。愛する妻失い、美しい娘二人と、都の中心から離れた宇治の地に暮らしている。

八の宮が、仏教を深く信仰していると聞き、その元を訪ねる薫。そこで、美しい大君と中の君に出会う。

八の宮の元には、薫の実の父である、柏木の近くに使えていた女官がいて、ついに、薫が、自らの出生の秘密を知ることになる・・・

紫の上と光源氏の死によって、一時は、物語全体の灯が消えてしまったようだったが、この橋姫の帖から、また再び、新しい物語が始まることが、明らかになる。

作者の、ストーリー・テラーとしての才が、この帖で再び蘇ったようにも思える。

2012年11月23日金曜日

竹河:宇治十帖までのサイドストーリー

この竹河の帖の始まりは、すこし奇妙な始まり方だ。

源氏の元から離れ、玉鬘について、髭黒の元にいった、お付きの女性達が語った話である、として始まる。

全体として、およそ10年の期間を描いていて、終わりは、続く橋姫の帖よりも、時間的には後のことを描いている。

いわば、本筋とは違った、サイドストーリー的な内容になっている。

作者は、未だに、光源氏の死のショックから抜け出せないかのようだ。

竹河:蔵人少将の大君への思い

夕霧の息子、蔵人少将は、玉鬘の娘、大君を一目見た時から、その美しさに文字通り、一目惚れ。

しかし、玉鬘は、蔵人少将は大君の相手として相応しくないとして、結局、冷泉帝の元に嫁がせてしまうのだが、この蔵人少将の大君に寄せる思いは、少し強すぎる。

(蔵人少将)生ける世の死には心にまかせなば 聞かでや止まぬ君が一言

若いといってしまえばそれまでだが、ここまで激しい思いを表す登場人物は珍しい。

同じく、大君に思いを寄せていた薫の冷静さとの対比がまた面白い。

竹河:母としての玉鬘の苦労

この帖では、玉鬘が主人公だが、母として、娘の嫁ぎ先に苦労する姿が描かれている。

光源氏の元に養女として引き取られ、かつては、都中の男たちから、熱い視線を送られ、光源氏も、熱い思いを寄せた玉鬘。

黒髭に強引に操を奪われ、その妻となり、3男2女を設けたが、黒髭が若くして亡くなってしまい。その後ろ盾を失ってしまう。

長女の大君は、冷泉帝に嫁がせたが、弘徽殿の女御や、秋吉中宮との関係が上手く行かず、かつてその大君に思いを寄せた男たちは、次々と出生してしまう。

玉鬘は、かつての頭の中将の娘だったが、九州で育った。その地方で育った、という背景のせいか、この物語の中では、あまりよくは描かれていない。作者の、地方蔑視のせいかもしれない。

2012年11月3日土曜日

紅梅:光源氏の面影

紅梅の帖の主要な登場人物、紅梅大納言は、光源氏と直接交流していた人物。

この帖のところどころで、紅梅大納言は、折にふれて、光源氏のことを思い出し、追想にふける。

その紅梅大納言は、再婚した真木柱の前の夫との娘、宮君に下心を持っている。このあたりは、玉鬘に下心をいだいた光源氏をなぞっているようだ。

新しい物語は、まだはじまったばかり。まだ、この段階では、光源氏の時代を引きずっている。

紅梅:女性の名前が味気なくなった

光源氏が主人公だった時代。女性の名前は、花にまつわるものが多く、文字通り、宮廷の華やかさを表していた。

紫の上、葵の上、花散里、末摘花、・・・。

しかし、匂宮の帖から始まる、次世代の物語の女性達は、それに比べると、実に味気ない。

大君、中君、宮君・・・。

光源氏の時代に比べて、女性に個性がなくなった、ということなのだろうか。

紅梅:匂宮をとりまく状況

前の匂宮の帖では、その名前とは異なり、むしろ薫を中心とした内容だったが、この帖では、今度は、そのライバルである匂宮をめぐる様々な事情が描かれる。

柏木の弟、紅梅大納言は、自分の娘である大君を春宮に輿入れさせ、その妹の中君を、匂宮の元に嫁がせようとしている。

一方の匂宮は、夫の死後、紅梅大納言と再婚した、真木柱の娘、宮君に想いを寄せている。

薫は、柏木と女三宮の子供であり、光源氏と直接の血のつながりはない。しかし、匂宮は、光源氏の娘、明石中宮と天皇の子供なので、光源氏にとっては孫に当たる。

薫は、出生の秘密もあり、影のある人物として描かれるが、匂宮には、そのような暗さはない。

匂宮:やや暗い性格の薫

光源氏以降の物語の主人公の一人、薫。

光源氏の正妻、女三宮と柏木の間に生まれた不義の子だが、光源氏の実の子供である冷泉帝の元で、大切に育てられている。

しかし、本人は、周囲の雰囲気などから、自分の出生に秘密が隠されていることを、薄々感づいている。

母の女三宮は、柏木との不義の一件から、柏木との不義の記憶に苦しめられ、ほぼ出家したような暮らしを送っている。

柏木は、詳しい事情は知らないものの、そうした母をかわいそうに想い、自分が守っていきたいと考えている。そのせいで、あまり女性との恋愛には、積極的ではない。

匂宮:光の時代から匂いの時代へ

光源氏の死後、物語は、光源氏と縁のある、薫と匂宮という二人の男性を中心に展開される。

光源氏は、文字通り光、つまり視覚に関連する名前であり、薫と匂宮は、嗅覚に関連する名前になっている。

文章の中にも、この二人は光源氏には劣る、とはっきりと書かれている。名前も、光というきらびやかなものから、匂という、やや地味な印象を与えるものになり、新しい登場人物の様子を、実によく表している。

匂宮:新しい物語の始まり

この匂宮の帖の冒頭で、光源氏の死が告げられる。

この帖から、新しい物語が始まる。

光源氏の死から、何年かの時間が経っている。この帖では、その空白の期間を受けて、薫、匂宮らの新しい登場人物の様子と、光源氏在りしの主要な登場人物のその後の状況が紹介される。

この帖は、匂宮、という名前になっているが、内容的には、匂宮よりも、薫の周辺に重点が置かれた内容になっている。

雲隠:本文のない帖

光源氏の出家を描いた幻と、匂宮の帖の間に、古来、雲隠、という名前の帖が置かれる。

しかし、この帖には本文がない。表紙に題名だけが書かれた帖になっている。

作者自身が置いたとも、藤原定家のような後世の人間が置いたとも言われる。

そこでは、光源氏の死が描かれていることが想定される。しかし本文はない。作者といえども、スーパースター、光源氏の死を描くことは出来なかった、とも言える。

誰が考えたにしろ、気の効いた演出だ。

2012年10月18日木曜日

幻:和歌の教科書

この帖は、正月から大晦日までを描いている。そして、同時に、季節に応じた、多くの歌が、紫の上を失った悲しみとともに、光源氏を中心に、歌われる。

短い帖ながら、この帖自体が、和歌の歳時記のような存在になっている。

この帖は、次の歌で始まり、

(光源氏)わが宿は花もてはやす人もなし 何にか春のたずね来つらん

次の歌で終わる。

(光源氏)物思うふと過ぐる月日もしらぬまに 年もわが世も今日やつきぬる

幻:光源氏の死を描く

御法の帖では、紫の上の死を、真正面から描いていた。

この帖では、光源氏の死は、直接的には描かれていない。しかし、次の帖の冒頭で、源氏の死が告げられる。この幻の帖は、源氏が登場する、最後の帖。

この帖では、直接的な源氏の死は描かれていないが、この帖の光源氏は、文字通り、魂が抜けた抜け殻のような存在として描かれている。

紫の上の死によって、実は、光源氏も、実質的には、死んでしまった、ということなのだ。

この帖は、その意味では、光源氏の死を描いている、ということができる。

幻:悲しみにくれる光源氏は理想の男性か

最愛の人、紫の上の死に、光源氏は、悲しみに暮れる。何をするにも、紫の上を思い出し、人に会うのも、うっとうしくなる。

かつて、若き日の光源氏は、どんなタイプの女性であっても、それに応じた愛で答えてくれる、女性からみた男性の理想の姿として、描かれていた。

若菜以降、存在感が薄くなっていた光源氏が、この帖では、最愛の人の死を、ひたすら悲しむ、初老の男として描かれている。

それは、別の意味で、女性から見た、理想の男性の姿なのかもしれない。自分が死んだら、この世を厭い、出家したくなるくらいに、悲しんで欲しいということなのか。

御法:秋好中宮からの消息

かつて、紫の上と、春秋論争を繰り広げた、秋好中宮。

彼女は、悲しみに暮れる、光源氏に、次のような歌を送る。

(秋好中宮)枯れ果つる野べを憂しとや亡き人の 秋に心をとどめざりけむ

(光源氏)のぼりにし雲井ながらもかへりみよ 我秋はてぬ常ならぬ世に

御法:致仕の大臣と光源氏の交流

紫の上の死にあたり、光源氏とはライバル関係にある致仕の大臣も、弔意を表す。

(致仕の大臣)いにしへの秋さへ今の心地して 濡れにし袖に露ぞおき添え

(光源氏)露けさは昔今ともおもほえず 大方秋の世こそつらけれ

かつて、若き頃、秋の長雨に、女性談義を交わした頃を思いだし、今は初老を迎えた二人が歌を詠み交わす。

人生の哀愁を感じる、印象の深い、二人の歌のやりとり。

御法:紫の上の死をひたすら描く

この帖では、光源氏の最愛の人、紫の上が、死を迎えるまでを、悲しみのトーンの中で描いている。春に始まり、秋の訪れとともに、紫の上は、帰らぬ人となった。

この物語の中では、これまで、何人かの人の死を描いてきたが、1つの帖すべてを、一人の死にあてるのは、勿論、紫の上の他にはいない。それだけ、彼女の存在が、この物語の中では、別格であることを表している。

死んだ後の、紫の上の美しい死に装束のなどの話まで描き、これほど、死について語った物語は、珍しい。

この物語の作者は、この帖を描いたことで、明らかに、何かの一線を越えたような気がする。

2012年10月8日月曜日

夕霧:たったひとつ父の光源氏に勝る点

夕霧は、この物語では、すべての点で、父である光源氏に劣っているように描かれている。

母が、光源氏とは微妙な関係だった、葵の上というせいもあるのだろうか?

しかし、その夕霧が、父の光源氏に勝っている点がある。

それは、夕霧が実に子だくさんであったということだ。逆に言えば、光源氏の唯一の弱点は、子が少ないことだった。

夕霧は、正妻の雲井雁との間に8人の子がいて、さらに、藤典侍との間にも4人。合計12人の子沢山。

これだけの子がいれば、光源氏に子が少なくても、彼の一族は、安泰だ。

夕霧:雲井雁という女性

夕霧の正妻である雲井雁。この帖では、彼女の個性が炸裂する。

夫の夕霧が、亡くなった友人の柏木の妻、落葉に浮気心を抱いてるのを知り、あからさまに不満を面に出して、夫を責める。

夕霧は、かわいい妻をこれまで甘やかしてきたため、こんなことになってしまった・・・と呆れるばかり。

雲井雁は、夫が自分のことを”鬼”よばわりすると、”どうせ私は鬼ですよ!”といじけてみせる。

そして、ついに夕霧が落葉を妾にしたとたん、怒りが天に達し、実家に子供を引き連れて帰ってしまう。

夕霧:光源氏がいない方が面白い

この帖では、光源氏はほとんど登場しない。

主な登場人物は、夕霧、落葉、一条御息所、そして雲井雁。

光源氏が主人公でいる限りは、問題はすべて彼が解決する。光源氏が女性を思っていれば、彼が幸せにし、他人の問題も、彼がそれとなく解決する。

光源氏が表舞台から、後に引っ込んでしまったため、先の四人は、自分たちで問題を解決せざるを得なくなり、それが出来ずに、右往左往する。

しかし、その方が、物語としては面白い。読んでいる方は、”どうして夕霧は(あるいは落葉は)、あんなことをするのかしら・・・、このようにしないのかしら・・・”と、焼きもきしながら、読み進める。

夕霧:鹿のように自分も泣きたい夕霧の心

夕霧の立場からすれば、落葉のかたくなな態度は、全く理解できない。

死を目の前にした友人の柏木からは、自分の亡き後、妻の落葉をよろしく頼む、と請われていた。

母の一条御息所も亡くなり、柏木の父もあまり落葉に好意的でない状況で、落葉の選択肢は、自分の元に来ることしかあり得ない。

それなのに、落葉は、なかなか自分に心を許してくれない・・・

そんな苛立ちの中で、夕霧が詠んだ歌は、

(夕霧)里遠み小野の篠原分けてきて 我も鹿こそ声も惜しまね

(少将)藤ごろも露けき秋の山人は 鹿の鳴く音にねをぞ添へつる

夕霧:皆が不幸になっている

かつての天皇であった朱雀院は、二人の娘のことで、思い煩っている日々を過ごしている。

朱雀院の后だった一条御息所は、娘の落葉の行く末を心配し、ついに、物の怪の力に屈して、亡くなってしまった。

落葉は、しつこく迫る夕霧に、憂鬱な日々を送っている。

その夕霧は、なかなか自分の愛を受け入れてもらえず、しかも、妻からは浮気を疑われている。

夕霧の妻、雲井雁は、夫の不倫が真実とわかり、実家に帰ってしまう。

夕霧の父、光源氏は、そうした事態は、すでに自分の力ではどうすることもできない、と諦めてしまっている。

この帖では、誰もが不幸に描かれている。そこには、”王朝文化の色恋の物語”という、この物語につきまとうイメージは、微塵も無い。

夕霧:現代の家族ドラマのようなシーン

小野に住む、一条御息所からの手紙を、不倫相手のものからではと疑い、雲井雁が取り上げるシーン。次のように、描写されている。

女君、もの隔てたるやうなれど、いと疾く、見つけ給うて、はひよりて、御後より、とり給うつ。

まるで、テレビの家族ドラマの1シーンのような展開。このシーンは、昔の人々も印象深かったようで、有名な平安時代の源氏物語絵巻にも描かれている。

夕霧は、この手紙をなかなか取り返すことができず、返事が来ないことがきっかけで、一条御息所は、死を迎えてしまう。

無邪気な(妻の)悪戯心が、悲劇を招いてしまうという展開も、後世の小説の中ではよく登場するパターンになっている。

夕霧:朱雀院の娘を巡る複雑な人間模様

朱雀院は、自分の二人の娘のことで、心労が絶えない。

女三宮は、光源氏の元に嫁がせたが、柏木との不倫が原因で、この世を厭い出家してしまう。

もう一人の娘、落葉は、その柏木に嫁がせたが、柏木の死後、その友人の夕霧に懸想され、ついに、その妻になってしまう。

朱雀院の娘を巡るこの複雑な人間模様は、当時の、意外に狭い、王宮生活の生活圏を表しているのかもしれない。

夕霧:小野を舞台にした悲喜劇

柏木の妻、落葉への思いを断ち切れない夕霧。そして、それを心配する一条御息所。三人の悲喜劇が、都の中心を離れた、小野の地で展開される。

ひぐらし鳴きしきりて、・・・、水の音、いと涼しげにて、・・・松のひびき、木深く聞こえわたらせなどして・・・

秋を迎えた季節。そうした、作者の描写が、そうした悲喜劇の雰囲気を、さらに盛り上げていく。

2012年9月25日火曜日

鈴虫:皆が出家をしたがっている

女三宮の出家につられて、六条院の女性たちが、出家したがり、光源氏はそれを諫める。

冷泉院も、もっと実の父である光源氏と頻繁にあいたいという理由で、一線を退きたいと思っている。

秋好中宮は、光源氏は口外していないにも関わらず、周囲の噂で、六条御息所の霊が光源氏を悩ませている、という噂を聞いて、この世が厭わしくなり、出家したがってる。

光源氏の周囲では、誰もが、出家したがっている。

このような状況は、この物語の中では、これでまではなかった。あきらかに、この物語の全体の基調が、変わっていることを表している。

鈴虫:女三宮に未練を感じる光源氏

柏木と不倫した女三宮を、光源氏は、当初、快くは思わなかったが、いざ、女三宮が出家してしまうと、逆に、その若々しい美しさに未練を感じる。

光源氏は、女三宮の六条院の住まいの近くに、庭を造らせ、そこに鈴虫、松虫などを放ち、秋の風情を演出する。

さすがに、女三宮も、秋の虫の声に、世俗の生活への未練を感じたようだ。

(女三宮)おほかたの秋をば憂しと知りにしを ふり捨てがたき鈴虫の声

(光源氏)心もて草のやどりをいとへども なほ鈴虫の声ぞふりせぬ

鈴虫:ものものしい出家の女三宮

柏木との不倫、光源氏の冷たさなどから、薫を出産した直後に、出家を決意した女三宮。しかし、出家したとはいえ、光源氏が六条院を離れることを許さず、その中で、暮らすこととなる。

光源氏は、女三宮のために、紫の上にも手伝わせ、見るも艶やかな仏具を揃える。

女三宮の父、朱雀院は、娘を光源氏のもとから引き離したかった。そこで、光源氏は、そうした朱雀院にも配慮して、朱雀院からの贈り物や、女三宮の豪華な持参品を、三条宮にきちんと収めさせる。

いやはや、それにしても、実にものものしい出家の支度。女三宮は、出家してからも、悩みが尽きることはなさそうだ。

2012年9月24日月曜日

横笛:めずらしいオッパイぽろりシーン

上品なイメージの強い、この物語の中で、この帖では、珍しいシーンが登場する。

夕霧が、柏木の亡き妻、落葉といい感じの雰囲気で過ごした後、家に帰ると、妻の雲井雁が、胸をはだけて、幼い子供に、乳をあげている。

いとよく肥えて、つぶつぶと、をかしげなる胸をあけて、乳などくくめ給ふ。

母親が子供に、母乳をあげているシーンとはいえ、この表現は、これまでに見られない、生々しい描写だ。

横笛:柏木の霊は大人しい

この物語で、霊というと、六条御息所の霊がすぐに思い浮かぶ。源氏に振られた腹いせに、葵の上を呪い殺し、紫の上も、病気にしてしまった。

この帖では、柏木の霊が登場するが、こちらは大人しい。親友の夕霧の枕元に立ち、

笛竹に吹きよる風のことならば 末のよながき音に伝えなん

と、自分の忘れ形見を、我が子の薫に、伝えて欲しいと訴える。

この時代の人にとって、霊とは、生前に果たせなかった思いが強い場合に、死に切れずに霊になって、この世に現れる、そんな風に考えられていたようだ。

2012年9月17日月曜日

柏木:柏木の妻の落葉に言い寄る夕霧

柏木が死ぬ間際に、”(妻の)落葉のことを慰めてやってくれ”と言われたことをいいことに、柏木の死後、頻繁に落葉の元にかよう夕霧。

ついに、恋の歌を送ったりする。

(夕霧)ことならばならしの枝にならさなん 葉守の神の許しありきと

(落葉)柏木に葉守りの神はまさずとも 人ならすべき宿の下枝か

夕霧も夕霧だが、落葉も落葉だ。

いやはや、こんな時にも、未亡人に言い寄ってしまうのが、当時の王朝文化の習慣なのか。実にのどかな時代ではあった。

柏木:女三宮の出家と六条御息所

薫を出産したものの、柏木との不倫、光源氏の冷たい態度などを受け、世の中のことが全て憂鬱になり、出家を望んだ女三宮。

父の朱雀帝も、その願いを聞き入れて、ついに、髪をそり、尼となってしまう。

そこに六条御息所がまたまた登場。自分が女三宮に取り憑いていたことを暴露する。

しかし、かつて生き霊として葵の上を死に追いやった六条御息所だが、紫の上は、死に追いやれず、女三宮も、出家させるのがやっと。その霊力にも限界が来たのか?

むしろ、光源氏の方が、その眼力で、柏木を殺してしまうほどの力を発揮している。

柏木:光源氏の鈍感力

ついに、柏木と女三宮の不倫によって、運命の子、薫が誕生する。

光源氏は、若き日の自らの過ちを思い出し、因果は巡る・・・と複雑な気持ちになる。

しかし、それでも、落ち込んでしまわないのが、光源氏。

次第に、”この子は、女三宮にも柏木にも似ていない。自分に似ているのでは?”などと、のんきなことを思ったりする。

この鈍感力こそが、そうした難しい状況でも、乗り切ってしまう光源氏の秘密なのかもしれない。

柏木:光源氏がもたらした柏木の死

女三宮との不倫が、光源氏に露見してしまい、その”眼力”で病気になってしまった柏木。周囲の配慮や介護も空しく、この帖でついに死んでしまう。

これまで、藤壷、葵の上、六条御息所など、女性の主要な登場人物の死はあったが、男性の主要な登場人物の突然の死はなかった。

これまで、光源氏の相対する人間は、ほとんどが女性だった。しかし、光源氏が年老いて行くに連れて、女性以外との接点が増えてくる。

柏木の死は、光源氏のそうした人生における環境の変化を表している。そして、柏木の場合は、光源氏自身が、柏木を殺してしまう、加害者にもなったのだ。

2012年9月5日水曜日

若菜(下):六条御息所再び

かつて、光源氏の正妻を呪い殺した、六条御息所が再び登場。今度は、光源氏の最愛の人、紫の上を襲う。

光源氏の必死の供養もあり、さすがに、すぐに紫の上が命を失うことはなかったが、紫の上の体調は、決して、元に戻ることはなかった。

光源氏としては、娘の秋吉中宮を保護したことで、六条御息所に報いたと考えていたが、六条御息所のとっては、やはり、娘のことよりも、光源氏の愛が欲しい、ということなのだろう。

(六条御息所)わが身こそあらぬさまなれそれながら 空おぼれする君は君なり

若紫(下):ついに思いを遂げた柏木

女三宮への思いを断ち切れない柏木は、ついに、馴染みの小侍従の手引きで、女三宮の元を訪れ、ついに思いを遂げる。

女三宮は、柏木に迫られ、抵抗することもできず、柏木に身を任せてしまう。

女三宮は、この物語の中では、朱雀院の娘ということもあり、典型的な世間知らずの、自己主張できないお嬢様の役割を忠実に演じている。

別れの朝、二人は歌を詠み交わす。

(柏木)おきて行く空も知られぬ明けぐれに いづくの露のかかる袖なり

(女三宮)あけぐれの空に憂き身は消えななん 夢なりけりと見てもやむべく

この一度の過ちは、この物語の流れを、大きく変えることになる。

若菜(下):昔話が多くなった光源氏

昔話が多くなると、年を取った証拠などと、よく言われる。この帖の光源氏はまさにそれだ。

紫の上を相手に、過去の自分の女性遍歴を語ったり、朧月夜が出家したと知り、朧月夜や朝顔との思い出を振り返ったりする。

この物語の冒頭の帖とは、明らかに全体の調子が変わっている。

こうした光源氏の、気持ちの変化は、決して彼だけのものではなく、この物語を綴っている人物が、実際に年を重ねて、そうした気分になってことと、関係があるのだろう。

2012年9月4日火曜日

若菜(下):女心がわからない光源氏

これまで、光源氏は、美人でもそうでなくても、身分が高くても引くても、いろいろな女性を愛し、保護してきた。

女性の立場から見れば、こんな男性がいたらいいなあ、という理想的な男性像として描かれてきた。

しかし、この帖では、紫の上との会話で、意外な一面を披露する。

紫の上は、30代の中盤になり、年齢的な不安に加えて、朱雀院の娘の女三宮が正室として光源氏の元に嫁いできて、自分の立場が弱くなったこともあり、精神的に、不安定な状況に置かれていた。

光源氏は、そうした紫の上の苦しい胸の内を察することができずに、”私の辛い人生に比べれな、あなたは、気楽で幸福な人生だ”などと言ってしまう。

紫の上は、そうした光源氏の心ない言葉を受けて、”出家したい”と切り出すが、光源氏は、”あなたがいなくなったら、私の生きるかひがなくなる”などと、結局、自分のことしか考えていないことを露呈してしまう。

若菜(下):華麗なる琴の響宴

朱雀帝の50才のお祝いに、女三宮の琴を聞かせるために、光源氏は、女三宮に琴を教えている。その成果を試そうと、六条院でプライベートコンサートを企画する。

出演は、女三宮の他に、紫の上、明石の上、その娘の明石女御の4人。それに、拍子を取る役として、夕霧も呼び寄せる。そして、自らも、華麗なる歌声を披露する。

この女性4人の着物、琴の弾き方が、その性格とあわせて、華麗に描かれる。この物語全体の中でも、最も華麗なシーンの一つ。

谷崎潤一郎の『細雪』でも、ここから取ったと思われるシーンがある。

光源氏の、琴に対する自論も、この帖の中で展開される。

若菜(下):誰が一番幸福だったのか?

光源氏は、明石入道の願文をみつけたことをきっかけに、住吉神社への参詣を思い立つ。

果たして、この物語の中で、最も幸福だったのは誰だろうか?明らかに光源氏ではない、それは、この帖で本人が、自分の人生を悲観的に振り返っていることでもわかる。

光源氏に一番愛された、紫の上でもない。

どう見ても、一番幸福なのは、娘を天皇に嫁がせた明石の上、後の天皇を始めとした多くの皇子を生んだ明石女御、というより、明石一族だったように見える。

明石入道の住吉の神への願かけが、そうした幸福をもたらした。

この明石一族の存在は、この物語全体の解釈において、大きな位置を占めている。

若菜(下):唐猫に対する柏木の異常な愛情

唐猫のいたずらによって、偶然、女三宮の姿を見てしまった柏木は、女三宮のことが忘られず、何事も手につかず、悶々とした日々を送っている。

そして、春宮を介して、女三宮の側で飼われていた、例の唐猫を手に入れる。

柏木は、その唐猫を女三宮にみたて、寝室で一緒に寝るほど、この唐猫を溺愛する。唐猫に対する柏木の異常な愛情が、この帖の冒頭で描かれる。

猫は、当時、遣唐使船などを通じてもたらされたばかりの舶来の、めずらしい動物。特に美しい猫には、専属のお付きの女官がついていた、という。

そうした時代背景の中でも、柏木の女三宮への愛情が、猫という動物を通じて、表現されている。

若菜(下):まるで独立した1つの作品のよう

若菜(下)の帖は実に長い。帖自体も長いが、扱っている期間も、光源氏が41才の時から47才の時まで、およそ7年間を扱っている。これだけの長い期間であるため、その中で起こる出来事も多い。

しかし、この帖の中での最も大きな事件は、紫の上が病いに落ちることと、柏木と光源氏の正妻である女三宮との不倫の2つだろう。

この2つのエピソードは、この帖の後半で現れる。前半は、住吉神社への光源氏一向の豪華な参詣、光源氏の周りの女性たちによる華麗な琴の響宴、という華やかなシーンが描かれる。

そして、後半、そうした華やかさが、一気に不幸の底に落とされる、先の2つの事件が発生する。

この2つの事件が、作者の絶妙な筆力で、まるで織物のように、見事に交錯して、1つの帖の中で展開する。この2つの出来事は、この物語全体の後半の話の展開に大きな影響を与えている。

この帖だけで、独立した作品として捉えることができるほど、この帖の完成度は高い。

2012年8月21日火曜日

若菜(上):光源氏と明石入道の共通性

光源氏と、明石入道とは、共通する点がいくつかある。

明石入道は、かつては都で活躍する貴族だったが、ある事件がきっかけで、都を追われ、明石に引きこもることになった。光源氏も、やはり失脚して、都を追われている。

明石入道の娘、明石の上を娶った光源氏は、その二人の子、明石女御を東宮に嫁がせ、明石女御は、後に天皇となる男子を生む。

光源氏は、次期天皇の祖父になるが、明石入道も、その曾祖父ということになる。

若菜(上):40歳になった光源氏

光源氏は、この帖で40歳になった。

本人は、派手な祝いを控えようとするが、周りは放っておかず、六条院で盛大なお誕生日界が開かれる。

現在では、40歳といえばまだまだ若いイメージだが、当時は、すでに”年寄り”ということだったのだろうか、長寿を祝う、最勝王経、金剛般若経、寿命経などのお経が読まれたりする。

本人の光源氏は、気持ちではまだ若い、と思っている。かつての恋人、朧月夜と、昔をなつかしむ歌などを詠んだりしている。

(光源氏)沈みしも忘れぬ物を懲りずまに身も投げつべき宿の藤波

(朧月夜)身を投げんふちもまことの淵ならでかけじや更にこりずまの浪

若菜(上):朱雀帝から女性を奪う光源氏

光源氏は、朱雀帝の娘、女三宮を、後見人としての意味合いを持ちながら、自らの本妻として、自らの屋敷、六条院に迎える。

朱雀院は、それを見届けるように、自らは出家する。

光源氏は、かつて、明石へ追放させられる原因となった、朱雀院の愛人、朧月夜にアプローチする。

それは、まるで、朱雀院が出家するのを、待っていたかのようだ。

光源氏は、朱雀院から、女性を奪うという役回りを、この帖では淡々と演じている。

2012年8月13日月曜日

若菜(上):久し振りに紫の上が主要な登場人物に

このところ、玉鬘、明石の上らが、女性としては主要な登場人物であったが、この帖では、久し振りに、紫の上が、主要な登場人物として復活する。

朱雀院の娘である、女三宮が、光源氏の元に正妻として輿入れすることになり、紫の上の絶対的な存在に、大きな脅威となる。

紫の上は、心の中では動揺しながらも、表面的には、年上の女性として落ち着いた態度を示そうとする。そうした紫の上の心の葛藤が描かれる。

また、光源氏も、幼い女三宮と接することで、改めて紫の上の女性としての素晴らしさを、再確認する。

若菜(上):明石、須磨の主要人物が再登場

この帖では、東宮の后となった、明石の上の娘、明石女御が、天皇の跡継ぎを生む。光源氏は、晴れて、公に次期天皇の父親となり、かつては明石の地方豪族だった明石入道は、次期天皇の祖父となる。

明石入道は、そうなることを、願をかけて願っていたことを、手紙を通じて、自らの妻、娘の明石の上に告げ、自らはわずかの追随者を引き連れ、山に身を隠してしまう。

また、若き頃の光源氏が、明石に流されるきっかけとなった、朧月夜も登場するなど、この帖では、明石、須磨の主要人物が再登場する。

若菜(上):娘の嫁ぎ先を懸命に探す父

若菜につながる、この物語の中盤においては、嫁探しに奔走する父親像が描かれている。

光源氏は、養女である玉鬘、実の娘である明石の上の娘を、それぞれ首尾よく、嫁ぎ先を見つけることができた。

この帖では、朱雀院が、娘の女三宮の嫁ぎ先探しに紛争する。

男ならいくらでもいるが、問題は、天皇の娘として、どの相手が相応しいか、ということ。しかし、あまり選り好みしていると、嫁ぎ時期が遅れ、引き取り手がいなくなってしまう。

この物語の時代は、女性が宮廷社会の中で生きていくことは大変だった。キャリアウーマンのような女性も登場するが、基本的には、女性は自分を保護してくれる男性を見つけることが、何よりも重要だった。

光源氏は、身分の高い女性だけでなく、また容姿が美しい女性だけでなく、様々な女性を、自らの屋敷に住まわせ、保護していた。光源氏は、当時の女性に取っては、まさに理想的な男性像であった。

2012年8月5日日曜日

藤裏葉:六条院への天皇と上皇が行幸

この帖の最後の場面で、天皇の冷泉帝と、上皇の朱雀帝が、揃って光源氏の屋敷である六条院を訪れる場面がある。

最初、光源氏は、自分の席を天皇と上皇より下位に設置するが、冷泉帝は、その席を自分たちと同じ所に変更させる。

冷泉帝は、自分の父親である光源氏を、父親として、待遇したかったのだ。

その宴席で、古くからの友人でありライバルだった、内大臣は、光源氏の様子を見て、羨ましさも込めて、次の歌を詠む。

(内大臣)紫の雲にまがえる菊の花 にごりなき世の星かとぞみる

この歌は、藤原道長の有名な和歌を思い起こさせる。

藤裏葉:夕霧と雲居雁の結婚

幼い頃から、お互いずっと想う中だった夕霧と雲居雁が、ついに結婚を迎える。

雲居雁の父親、内大臣は、ずっとこの結婚に反対だったが、年齢を重ねたせいもあってか、ついに、二人の結婚を許す。

(内大臣)紫にかごとはかけむ藤の花 まつより過ぎてうれたけれども

(夕霧)いくかへり露けき春をすぐしきて 花のひもとくをりにあふらん

内大臣の歌からは、やや不満な気持ちも伺える。

夕霧は、その一方で、惟光の娘である藤典侍とも、深い仲で、そうした最中で手紙をやりとりしたりしているのだが・・・

藤裏葉:この世の理想の姿

この物語の主人公である光源氏は、この帖で、当時の人々が思い浮かべるであろう、もっとも理想的な幸福を手に入れる。

自らは、天皇の実の父親であることもあり、太上天皇(上皇)になり、実の娘を天皇の元に嫁がせ、息子は幼い頃からの初恋の女性とついに夫婦となり、御所に匹敵するほどの豪邸を手に入れた。

しかし、よくよく考えて見ると、光源氏の生涯にはいいことばかりではなかった。本当に好きだった藤壷は、若くして死んでしまい、正妻の紫の君とは、残念ながら子に恵まれなかった。

そうした、幸福と不幸が、織物のように折り合わされて表現されていることが、この物語を、奥の深いものしている。

2012年7月29日日曜日

梅枝:仮名は今の方が優れている

明石の姫君が入内するにあたっての、調度品として、習字の手本となる名筆を選ぶ光源氏。そこで、光源氏は、独自の仮名論を展開する。

光源氏によると、仮名は、昔よりも今の方が優れているという。そして、六条御息所や、藤壷など、今は亡き人々の筆跡を、思い出とともに振り返っている。

嵯峨天皇の書いた万葉集、延喜天皇の書いた古今和歌集、などの過去の名品も登場する。

梅枝:香合わせに大人げない光源氏

多芸な光源氏は、この帖では、過去に教わった調合法をもとに、自ら香の調合を行う。

紫の上も、別な方法で香を調合する。光源氏がその様子を窺おうとするが、紫の上は、恥ずかしがり、その様子をなかなか見せない。

光源氏は、”そんなに隠すなら、どちらが優れているか勝負しよう”などと、大人げないことを言い出す。

その光源氏の様子は、次のように表現されている。”人の御親げなき、御争い心なめり。”

梅枝:父親としての光源氏

前の真木柱の帖をもって、長い玉鬘を巡る物語が終わった。

この帖と次の帖では、光源氏と明石の君の子、明石の姫君が、東宮への入内に関わる様々なエピソードが紹介される。

玉鬘は、もとは自分の娘ではなく、養女であったために、その美しさに、葛藤を見せた光源氏だが、明石の姫君の場合は、自分の本当の娘、しかも、年がわずか11才ということもあり、この帖では、父親としての光源氏だけが、表現されている。

また、帖の後半では、息子の夕霧が、なかなか結婚相手が決まらないことに関して、しかるべき時期に結婚しないと、まわりがよからぬことを噂するぞ、として、早く相手を決めるように、諭している。

2012年7月16日月曜日

真木柱:玉鬘の結婚の波紋

玉鬘が、髭黒の元に嫁ぐことになり、その波紋が、この帖では語られる。

光源氏こそが、もっとも落胆すべきだが、落胆しつつも、仕方がないこと、として、意外にもその反応は、それほど大きくない。

もともと、自分のものになると思っていた、冷泉帝は、未練たっぷりに、その後に宮廷入りした玉鬘に言い寄っている。

かつての求婚者で、最も可能性が高いと思われた、蛍兵部卿宮も、なかなか玉鬘のことが忘れられない。

実の父親である内大臣は、むしろ、相手が髭黒でよかったのではないか、と
冷静に分析している。

真木柱:正室に逃げられあわれな髭黒

憧れの玉鬘をものにして、天にも昇る思いの髭黒だったが、その後は、大きな悲劇に襲われる。

髭黒の本妻、北方は、光源氏の正妻である紫の上とは母違いの姉妹であった。髭黒が玉鬘にメロメロなのに呆れ果て、悪霊に取り憑かれていることもあり、実家の式部卿宮の勧めもあり、ついに家を出て、実家に戻ってしまう。

その時、強引に北方に連れて行かれた髭黒の娘(真木柱)が、家を去る際に、家の柱の割れ目に、歌を差し入れたことが、この帖の名前の由来になっている。

(真木柱)今はとて宿離れぬとも馴れきつる 真木の柱は我を忘るな

髭黒にとって、玉鬘を娶ったことは、大きな悲劇の始まりだった。玉鬘にとっても、その結婚は、決して、望んだことではなかった。

真木柱:すでに決まっていた玉鬘の運命

玉鬘が、最終的に髭黒に嫁ぐことになったのは、なぜなのだろうか?

髭黒という相手は、意外な相手のように思える。しかし、もともと玉鬘は、肥前にいた際に、地元の豪族から、強引に迫られ、そこから逃れるようにして、たまたま縁のあった、光源氏の元に引き取られた。

この肥前の豪族のイメージは、髭黒大将のイメージと、非常によく重なる。最初から、玉鬘は、髭黒に嫁ぐ運命だったのだろうか。

真木柱:玉鬘を強引にものにした髭黒大将

光源氏が、養女として引き取り手塩にかけて育て、都で一番の美女との評判を得、多くの求婚者がありながら、内侍の上として宮中に上らせるとに決めたその矢先、こともあろうか、玉鬘は、強引に迫った髭黒に操を奪われてしまった。

しかし、その肝心の様子は、この帖では語られない。その自体を受けて、髭黒に秘密にしておくようにという、光源氏の言葉から、この帖は始まる。

光源氏は、玉鬘の宮廷入りを早くに決めながら、日取りが悪いとして、その時期を遅らせていたが、それが、結果的には、髭黒の焦りを誘い、このような自体を招いてしまった。

藤袴:はがゆい兄妹の再会

立場が変わったのは、夕霧だけではない。かつては、玉鬘に熱を上げていた内大臣の息子の柏木も、突然、兄と妹になった玉鬘には複雑な感情を抱いていた。

父の内大臣の使いとして、玉鬘の元を訪れ、宮中に入るためのアドバイスなどをしようとするが、玉鬘は、気分が優れず、お付きの人を通しての対応になる。

柏木は、兄妹であるにもかかわらず、そうした他人を通じてのやり取りに戸惑いを隠せない。

藤袴:玉鬘に想いを寄せる夕霧

玉鬘が、父の光源氏の娘ではなく、内大臣の娘だと知り、夕霧は、玉鬘に淡い恋心を抱く。

共通の親戚である、内大臣の母の大宮の死で、いずれも喪服を着ていることを、夕霧は次の歌にして玉鬘に恋心を打ち明ける。

(夕霧)同じ野の露にやつるる藤袴 あはれはかけよかごとばかりも

しかし、玉鬘は次のように返し、夕霧の心を取り合わない。

(玉鬘)たづぬるに遥けき野べの露ならば うす紫やかごとならまし

玉鬘は、すでに内侍の上として宮中への出廷が決まっているが、すでに宮中には、光源氏の養女である秋好中宮、内大臣の娘である弘徽殿女御も出廷しており、その中で自分がやっていけるかどうか不安に感じている。

夕霧の恋に応えられる余裕はないのだった。

行幸:内大臣にからかわれる近江の君

末摘花が光源氏にからかわれるのに、対応するように、内大臣は自分の娘の近江の君をからかっては、悦に入っている。

近江の君からすれば、自分は田舎者のせいで、なかなか出生しないのに、玉鬘は、自分と同じような地方出身でありながら、皆にちやほやされて、羨ましいのだろう。

近江の君は、自分の欠点をよくわかっていながら、その落ち着きのない性格のせいで、内大臣の家の人々とは、つねにひと悶着を起こしてしまう。

父親の内大臣は、そうした近江の君を構うでもなく、むしろ自分の気晴らしの対象として、扱っている。

行幸:またも光源氏にからかわれる末摘花

この物語が、ある意味でマンネリ化していく中で、末摘花は、ますますコミカルな存在として、笑いの対象になっていく。

玉鬘の裳着の式(女子の成人式)に合わせて、六条院の人々を始め、いろいろな人から贈り物や歌が玉鬘、光源氏に贈られる。

その中で、末摘花は、相変わらず、”唐衣”という言葉を使った歌を贈る。

(末摘花)わが身こそ恨みられけれ唐衣 君が袂になれずと思えば

光源氏は、末摘花の歌がまったく的外れなのをおかしがり、玉鬘と笑いあいながら、皮肉たっぷりに次の歌を詠んだりする。

(光源氏)唐衣又からころもからころも かへすがへすぞからごろもなる

行幸:内大臣と玉鬘の微妙な再会の場面

長い間、離ればなれになっていた父と娘の再会となれば、お互い抱き合っての涙の再会か・・・と思いきや、内大臣と玉鬘の再会は、微妙な雰囲気の元に行われた。

内大臣の方は、感慨深げに、歌を詠んでいるが、娘の玉鬘の方は、ずっと合いたいと願ってはいたが、あまりの急展開もあり、恥ずかしさの方がまさり、上手く歌を返すことはできない。代わりに、光源氏が歌を返し、珍しい、内大臣と光源氏の歌のやり取りが行われる。

(内大臣)うらめしや沖つ玉藻をかづくまで 磯がくれける海士の心よ

(光源氏)よるべなみかかる渚にうつよせて 海士も尋ねぬ藻屑とぞみし

行幸:ついに内大臣に玉鬘の素性を明かす

光源氏は、玉鬘が内大臣(頭の中将)と夕霧の忘れ形見だとうことを、いつかは告げねばならないと、常に心に留めていた。

そして、内大臣の母である大宮が、病に冒され、先も心配になったということを聞いて、大宮に孫の存在を知らないままにしておくことはできないと考え、ついに秘密を打ち明けることを決意する。

内大臣は、光源氏が合いたいという申し出に、光源氏の息子の夕霧と、自分の娘の雲井雁のことかと疑いながら、久し振りの対面を果たすが、玉鬘のことと知らされ、あまりのことにうれし涙にくれる。

光源氏と内大臣は、久し振りの再会に、普段の政治的な対立も忘れ、昔話や玉鬘のことを存分に語り合い、お互い、笑いと涙に暮れるのであった。

行幸:冷泉帝の大原野への行幸

この帖の題名にもなっているのは、冒頭で語られる、冷泉帝の京都西にある大原野への鷹狩りの行幸。あまりの大行列に、都に住む人でこれを見なかった人はいなかった、と記述されている。

六条院の玉鬘もこの行列を見て、特に始めてみる冷泉帝の姿に、光源氏の面影を見て、宮廷で冷泉帝のお側に使えるのも悪くないな、と思ったりする。冷泉帝は、光源氏の子供だから、似ているのは当然のこと。

玉鬘は、光源氏から、自分の身の振り方として、冷泉帝のお側に使えることも考えてみたら、と言われていた。

光源氏は、冷泉帝からこの行幸に同行するように誘われるが、物忌みを理由に辞退している。もし光源氏が同行すれば、むしろ冷泉帝より目立ってしまうだろう。

2012年6月24日日曜日

野分:多くの植物が描かれる

この帖は、夏から秋に変わる8月に、都を襲った野分を中心に描かれている。また、その季節の植物の名前が多く登場する。

萩、紫苑、撫子、アコメ、女郎花、リンドウ、朝顔、など。

そのせいか、この帖を描いた絵巻物には、そうした草花を描いた作品が多い。

野分:夕霧と光源氏の関係


この帖では、光源氏と夕霧の関係が描かれている。

夕霧は、父親である光源氏の正室、紫の上を初めて、目にし、その美しさに心奪われる。

また、父の光源氏が、養女である玉鬘と、まるで恋人同士であるかのように振る舞っているのを見て、大きなショックを受ける。

夕霧は、父の光源氏とは違い、性格は真面目で、大人しい。

野分の被害を見舞うために、六条院の4つの屋敷を訪ね、同時にそれぞれの館の主である女性たちを、花にたとえたり、比較したりしている。

野分:台風に見舞われた都の様子

この帖では、野分、今で言う、台風に襲われた、光源氏の六条院の様子が描かれている。

六条院にあったいくつかの屋敷が、この台風によって、倒壊してしまった、と書かれている。庭にあった、木々や種々も、倒れたり、痛んだりしている。

この野分は、単なる自然現象として、描かれているのではないだろう。この帖で描かれていることを、いわば象徴する存在として、描かれているように思える。

2012年6月17日日曜日

篝火:鈴虫のような少年の歌声

この帖の後半、玉鬘から拒絶され、光源氏は近くで楽器を演奏していた、夕霧、柏木、弁少将を呼び、ともに、音楽を楽しむ。

内大臣(頭中将)の息子である、柏木は、憧れの玉鬘を前にして、緊張を隠せない。そこで、弟の弁少将は、その美しい声を聞かせる。

その美しい歌声は、次のように表現されている。

拍子うちいでて、忍びやかに謡う声、鈴虫にまがひたり。

鈴虫のような、か細く、女性のような、美しい声だと表現している。


篝火:篝火の煙になぞらえる淡い恋心

この帖の題名にもなっている篝火を巡る、光源氏と血のつながりのない玉鬘との歌のやり取り。

(光源氏)篝火にたちそふ恋の煙こそ 世には絶えせぬほのほなりけれ

(玉鬘)行く方なき空に消ちてよ篝火の たよりにたぐふ煙とならば

篝火から立ち上る煙に、自分の恋心を表現した光源氏に対して、許されぬ恋のような煙は、空に消えてくださいと、拒絶する玉鬘。

庭に篝火を焚いて、添い寝する光源氏と玉鬘。そこで交わされる、微妙な恋の駆け引き。文字通り、絵になるシーン。この物語の中でも、その印象の深さは、群を抜いている。

篝火:短いながら完成度が高い帖

この帖は、短いながら、その分、完成度が高く、とりわけ、印象に残る帖となっている。

前半では、光源氏と玉鬘の、血のつながりのない、父と娘の、微妙な恋の駆け引きが行われる。

後半は、あきらめた光源氏が、夕霧や柏木らを呼び、音楽を演奏させる。

優雅な貴族の生活、光源氏の性格、恋の象徴としての篝火、光源氏と夕霧らの次の世代との交流・・・

こうしてみると、この帖は、ある意味では、この物語全体を象徴するような内容になっている。

常夏:近江の君と笑い

この物語の中でも、とりわけ個性が強く、印象深いのが、この帖から登場する近江の君。

内大臣(頭中将)と、近江にゆかりのある女性との間に生まれた娘と思われるが、双六に夢中になったり、早口でまくしたてたりと、その姿は、まるで現代の普通の少女のよう。

しかし、その近江の君は、雅にデコレーションされたこの時代に会っては、鄙びており、笑いの対象になってしまう。

この物語の作者は、あくまでも、笑いの対象として、そして、内大臣の欠点を描く素材として、この近江の君を登場させたのかもしれないが、その存在は、笑いというものの本質、あるいは、貴族社会の本質をあぶり出す、そんな存在になっている。

常夏:大和琴を絶賛

前の蛍の帖の物語論に続き、この帖では、大和琴をめぐる音楽論が、光源氏の口から語られる。

光源氏によれば、大和琴は、決して派手な楽器ではないが、多くの音色をもつ、奥深い楽器、ということになる。

玉蔓にも、大和琴を習うことを、強く勧めている。

この大和琴の名手は、光源氏でなく、ライバルの内大臣(頭中将)ということになっている。何をさせても、常に人に秀でていた光源氏だが、唯一、この大和琴に関してだけは、内大臣(頭中将)の席を譲る。

常夏:内大臣と光源氏の対比

この帖では、前半で、光源氏と玉鬘のシーン、そして後半で、ライバルの内大臣(頭中将)と近江の君のシーンを描き、父娘のやりとりが、鮮明な対比として、描かれている。

光源氏は、玉鬘を大事に育てながら、しかし、その血のつながらない美しい娘に、恋心を抱いている。

一方の内大臣は、田舎育ちの近江の君の雅でない立ち振る舞いに不満を抱きながらも、この娘を、一人前の女性にするために、どのようにすればいいか、頭を悩めている。

勿論、この物語の作者は、光源氏の方を評価しているのだが、果たして、本当は、どちらの父親がまともなのだろうか?

2012年6月10日日曜日

蛍:物語の勝利

この帖では、有名な、歴史書に対する、物語の優位性が、光源氏の口から語られ、これは作者の意見であるともされている。

『日本紀』などは、ただかたそばぞかし。これらにこそ、道々しく詳しきことはあらめ。

『日本書紀』には、政治上の出来事しか、うわべのことしか書かれていない。物語の方にこそ、そこに生きた人々の心情が書かれている。とでもいったところだろうか。

さらに、養女の玉鬘に対して、この物語を、二人でたぐいまれな物語にして、後世にまで伝えよう、と言っている。

この作者の言葉は、その希望通り、実現した。この物語は、今日、この国のみならず、世界中の国で、読まれている。

その意味では、あきらかに、『日本書紀』に勝ったのだ。

蛍:象徴としての蛍

この帖の題名にもなっている蛍。光源氏が、異母弟の蛍兵部卿宮のために、蛍の明かりで、玉鬘の姿を暗い中で浮き立たせる、という演出に使っている。

玉鬘の美しさに感激した蛍兵部卿宮と、玉鬘が交わした歌。

(蛍宮)なく声もきこえぬ虫の思いだに 人の消つにはきゆるものかは

(玉鬘)声はせで身をのみこがす蛍こそ 言うよりまさる思いなるらめ

蛍の光を、燃える恋の思いとかけている。蛍という存在は、いかにも、当時の王朝文化を象徴している。

蛍:ますます異常さを増す光源氏の行動

蛍の帖では、養子として引き取った、夕顔の忘れ形見、玉鬘への光源氏の愛情が、ますます異常なものになっていく。

玉鬘に想いを寄せる、異母弟の蛍兵部卿宮に味方して、侍女に代筆までさせて、宮を玉鬘の元に誘い出し、暗い夜の中で蛍を放ち、わざと玉鬘の姿を見えやすくする。

その一方では、自らの玉鬘への想いを募らせ、時には、玉鬘に無理矢理、自分は娘想いの父親だという歌を詠ませたりする。

光源氏は、この時36才。まだ恋に現役である年齢でありながら、しかし、父親でもあるという、微妙な年齢に達している。

この物語は、そうした男性の心の成長の物語を、女性の目を通して描いている。


2012年6月9日土曜日

胡蝶:せつない玉鬘の乙女心

光源氏のもとに引き取られ、何不自由のない暮らしを送っているかに見える玉鬘。しかし、その心は、さまざまな想いで、悩み多い日々を送っていた。

玉鬘の本当の父親は、内大臣かつての頭の中将だが、内大臣はその事実を知らない。玉鬘は、一度、本当に父親に会ってみたいと思っているが、光源氏には、そんなことはとても言い出せない。

しかも、その内大臣の母親違いの息子である柏木からは、熱烈な恋文が届いている。

光源氏は、いい保護者だが、玉鬘に母親の夕顔の面影を見ているので、自分に言い寄ってくる。

そんな状況に陥ったら、誰でも憂鬱な気分に沈んでしまうだろう。玉鬘は、まだ22才なのだから。

胡蝶:作者から見た理想の男性像

光源氏は、かつての親友、頭の中将と亡き夕顔との娘、玉鬘を誘拐し、自分の元で、理想の女性となるべく養育する。

光源氏は、玉鬘を、誰もが結婚したいと願うような女性に育て、男性たちから玉鬘に送られたラブレターをチェックして、返信についてもアドバイスしたりする。

玉鬘の母の夕顔は、かつての光源氏の恋人であり、玉鬘にもその面影を見る光源氏は、玉鬘に言い寄ったりする。

誘拐してでも、手元において財を尽くし養育しながら、時に自分にも恋心を感じてくれる。そんな、ある意味、異常な男性が、この作者の考える理想の男性像なのだろうか?

胡蝶:華やかな王朝の遊び

胡蝶の帖の冒頭、光源氏の六条院では、華やかな王朝の暮らしを象徴するようなシーンが展開される。

春の御殿と秋の御殿にまたがっている池に、船を浮かべ、その上で、雅楽を演奏させ、女御たちも、船にのって、優雅に和歌などを詠んだりする。

夜になっても、宴は続き、人々は、自ら楽器を演奏して楽しむ。

その様子を作者は、”物の絵ようにも書きとらまほしき”と記している。絵に描いたような、と今日でも使われる表現は、この時代からも使われていた。

2012年5月19日土曜日

初音:離ればなれに暮らす母娘の和歌

ひさしぶりに訪ねてきた、幼い我が娘に対して、明石の上が詠んだ歌。その中の言葉が、この帖の題にもなっている。

年月をまつにひかれて経る人にけふ鶯の初音聞かせよ

それに対して、わずか8才の明石の姫が、応えた歌。

ひきわかれ年へ経れども鶯の巣だちし末の根をわすれめや

男女の中の歌は珍しくないが、親子、それも母と娘の歌のやりとり、はめずらしい。会いたくても、会うことができない。そんな母娘の境遇の悲しさが伝わってくる。

8才の少女にこんな歌が詠めるかなあ、という気がしないでもないが。

初音:短いながらオールスターキャストの帖

この帖は、六条院での正月の様子を描いており、実に短い。しかし、これまでの主要なキャストが総出演する。

光源氏は、久し振りに、明石の姫とともに明石の上のもとを訪ねる。また、花散里や玉鬘、二条院でさびしく暮らす、空蝉、末摘花なども登場する。

それぞれに、性格が書きわけられている。それぞれの女性に対する光源氏も、相手の性格を理解して、それにあった会話、対応をしている。

そうした雰囲気の変化は、まるで、短い音楽の中で、次々と主題が変わっていくのを聞いているように感じ、不思議な雰囲気を漂わせている帖だ。

2012年5月12日土曜日

玉鬘:夫婦漫才のような光源氏と紫の上の会話

玉鬘を、若い男なら誰もが憧れる女性に育てよう、と紫の上に宣言する光源氏。

それに対して、そんなことを考える親なんて、おかしいわ、と突っ込む紫の上。

すかさず光源氏は、そういえば、あたなにもそのようにしていれば、今のような”普通の人妻”にはならなかったでしょうね、と返す。

二人のこうしたやり取りは、まるで夫婦漫才を聞いているようで、読んでいても楽しい。

玉鬘:六条院でのファッションショー

玉鬘を六条院に引き取り、新年を迎えるにあたり、光源氏は、六条院の女性たちに、それぞれに豪華な着物を送る。

そうした着物の表現を拾って見ると。

紅梅、葡萄染、浅縹の海賦の文、山吹の花、柳の織物、梅の折り枝、蝶、鳥、青鈍の織物・・・

そうした表現から、当時の着物の生地や柄がうかがえる。

玉鬘:露骨な地方蔑視の思想

肥前で美しい女性として成人した、夕顔の忘れ形見、玉鬘。彼女に、肥後の大夫監という人物が求婚する。

肥後の豪族で、武士のような人物だったといわれている。物語の中では、大柄で、荒々しく、和歌は下手くそ、と散々な扱い。

当時の、都から地方を見る、地方の豪族という人物像の、典型的な見方だったのだろう。

玉鬘:相変わらずのボケ役の末摘花

この帖では、久し振りに末摘花が登場。しかし、相変わらずのボケ役。

光源氏から送られた衣装のお礼に返した和歌を、光源氏にからかわれる。その和歌とは、

着てみれば恨みられけり唐衣返してやりてん袖を濡らして

和歌になじみのない人から見れば、それなりの歌のように思えるが、光源氏によれば、”唐衣”という言葉は、当時は古めかしい言葉で、誰も和歌には使わなくなっていたという。

光源氏は、そうはいいつつも、末摘花という女性を決して嫌ってはいないようだ。

玉鬘:波瀾万丈のストーリー

かつて、光源氏が想いを寄せた夕顔。その娘である玉鬘が、肥前の地から京に上り、最終的に光源氏の屋敷に落ち着くことになるまでを描いた、波瀾万丈のストーリーが描かれている。

肥前の地では、肥後の豪族から求婚されて、それを避けるために夜逃げするように船で肥前を離れる。京では身を寄せることがなく、長谷寺にいたところ、昔の夕顔の家人だった右近と偶然に遭遇。右近が光源氏のもとで働いていたことから、ようやく、光源氏の元に落ち着くことになった。

特に、長谷寺で偶然に右近と遭遇する場面は、描写が実にリアル。他の帖とは、全く違った雰囲気の帖になっている。

2012年4月30日月曜日

少女:四季を楽しめる広大な六条院

光源氏は、35才にして、太政大臣の位につき、六条御息所の屋敷の跡地に、広大な屋敷、六条院を建てた。それは、4つの大きな”町”から構成される、大邸宅であった。

その4つの町は、晴れて中宮となった梅壷女御改め秋好中宮、紫の上、花散里、明石の君が住むことになる。

秋を好む秋好中宮の町には紅葉、春を好む紫の上の町には桜、花散里の町には夏をイメージした泉、そして、冬をイメージした明石の君の町には松。

四季それぞれが楽しめる、まさに、この世の楽園だ。

少女:微笑ましい夕霧と雲井雁の恋

夕霧が、その恋しい想いを雲井雁に告白すると、雲井雁も”自分も恋しい”と応える。

その言葉を聞いた夕霧が、確認するように、”恋しいとは、私を思ってのことですか?”と尋ねると、雲井雁は、小さくうなずく。

原文では、

夕霧「「恋し」とは、(私を)おぼしなんや」
、とのたまえば、すこしうなずき給うさまも、幼げなり。

源氏物語の中では、光源氏を中心に、様々な恋のかたちが表現されているが、このシーンはその中でも、特に心に残る場面だ。


少女:恋の相手に現れる光源氏と夕霧の違い

夕霧の初恋は、幼なじみの雲井雁、そして、光源氏の臣下の惟光の娘。確かに、美しい女性なのだろうが、身分的にはパットしない。

それに比べて、父親の光源氏は、桐壺院の女御、藤壷、六条御息所。そうした面々と比べると、やはり、見劣りがしてしまう。しかも、夕霧の恋の仕方は、大胆な父親のやり方に比べ、大人しく暗い感じ。

作者は、父親が光源氏というとこで、夕霧の容姿は美しいと書いているが、性格については、幸少なかった母親の葵の上の性格を、継いでいるように夕霧を描いている。

少女:徹底した身分社会

光源氏は、亡き葵の上との間にできた息子、夕霧が元服を迎えると、周囲は官位は四位が相応しい、と噂する中で、意外にも六位という、昇殿が許される最も低い位を与えた。

これには、わずか12才の夕霧でさえ、”この幼心地にも、いと口惜しく”と思うほど、ショックなことだった。今後、夕霧は、この低い官位について、何度か周囲からバカにされてしまう。

光源氏という太政大臣の息子であっても、官位が低ければ、それなりに扱われてしまう社会が、この物語が描く社会だったのだ。

少女:父と息子、父と娘

少女の帖では、二人の親の子供に対する想いが全体のストーリーの中核になっている。1つは、光源氏の夕霧に対する想い。もう一つは、頭の中将の雲井雁に対する想い。

光源氏は、元服した夕霧に、周囲の期待とは異なり、六位という低い官位を与え、さらに、学問をするように、と夕霧に家庭教師をつけ、猛勉強させる。

一方の頭の中将は、娘の雲井雁を天皇の后にしようと目論んでいるが、雲井雁が幼なじみの夕霧に淡い恋愛感情を抱いている事を知って激怒し、雲井雁を夕霧から引き離してしまう。

親の心、子知らず。子の心、親知らず。このテーマは、国が変わっても、時代が変わっても、誰の心にも受け入れられる、普遍的なテーマだ。

朝顔:冬の素晴らしさを語る光源氏

前の帖、薄雲で、春の方に軍配をあげた光源氏だが、この朝顔の帖では、冬の素晴らしさを語っている。

花・紅葉の盛りよりも、冬の夜の澄める月に、雪の光あひたる空こそ、あやしう、色なきものの、身にしみて、この世のほかの事まで思い流され、おもしろさもあはれさも、残らぬ折なれ。

冬の夜、月の光が積もる雪を照らす。夜の黒と雪の白が織りなすモノトーンの世界が、あの世の事まで連想させる、不思議な雰囲気をもつことを、そのような美しい言葉で、表現している。

光源氏の一貫性のなさを責める事もできようが、季節ごとに、違った姿をみせる自然の風景に、素直に心を動かされる、その”やまとごころ”にこそ、この物語の神髄が現れている。

朝顔:和歌は心をつなぐ架け橋

つれない対応の朝顔に、光源氏が贈った歌。

見しをりのつゆ忘られぬ朝顔の花の盛りは過ぎやしぬらん

それに対して、朝顔の返し。

秋はてて露のまがきにむすぼほれあるかなきかにうつる朝顔

いやはや。ここまで光源氏を袖に振る朝顔という女性の凄さに、ただただ圧倒させられる。

『古今和歌集』や『新古今和歌集』における和歌は、作者の心情をつづったものが多く、単独で独立した作品として扱われている。しかし、『万葉集』における額田王と天武天皇の交わした和歌のように、対話の手段としての和歌は、送りと返しの両方で1つの作品を構成する。

源氏物語においては、登場人物が自分一人で和歌を詠むことも多いが、このように、自分の想いを相手に伝える手段としての和歌の素晴らしさが、随所に味わえる。

朝顔:恋は人を若返らせる

光源氏は、かつて恋心をいたいだ朝顔が、賀茂神社の斎院から戻っているということを知り、再び恋心を蘇らせる。

朝顔の家にまでは行ってみたが、朝顔は、昔同様、光源氏につれない対応で、部屋の中にはいれてくれない。

光源氏のその時の言葉。”いまさらに、わかわかしき心地する、御簾の前かな。”

まるで恋のみに生きる若者のように、軽くあしらわれてしまった自分を嘆くと同時に、しかし、自分が若返ったようにも感じる、30代男の微妙な感情が、よく現れている。

2012年4月15日日曜日

薄雲:春と秋との好み対決

薄雲の帖では、光源氏と梅壷女御との間で、春と秋について、どちらを好むかと言う会話が交わされる。

光源氏は、中国では春の方を好むようだが、日本では秋を好む傾向が強いようだと前置きして、梅壷女御にその好みを尋ねる。

梅壷女御は、亡き母(六条御息所)を思い出すとして、秋の夕べが好きだと語る。

光源氏は、紫の上が春の曙を好んでいることを思い出し、自分自身は、どちらも好きだが、といいつつ、紫の上の方に軍配を上げたいような素振りを見せる。

薄雲:光源氏の久しぶりの恋

須磨から戻ってから、政治ついていた光源氏が、この薄雲の帖では、久しぶりに恋心を明らかにする。

しかも、その相手は、かつて亡くなる直前に、父親代わりになると六条御息所に約束し、今は自分の息子である冷泉帝の元にいる梅壷女御だった。

光源氏は、ちょうど、藤壷が亡くなったり、出生の秘密を知った冷泉帝から、退位したいと相談を受けたりと、何かと心憂いことが重なった時期だった。

突然の告白に、戸惑う梅壷女御。光源氏のどうしようもなさには、ほとほと呆れるばかりだ。

薄雲:人の世と自然との連動

藤壷が亡くなった年は、光源氏の亡き正妻、葵の上の父である太政大臣が亡くなった年でもあった。

その年は、疫病が発生するなど、自然界にも不思議なことが起こっていた。”天つ空にも、例に違える、月・日・星の光りみえ、雲のたたずまひあり”と記されている。

この時代、人間の社会と自然は、連動していると考えられていた。

この帖の後半で、実はそうした出来事が、ある僧都の口から、時の天皇である冷泉帝に対して、冷泉帝が光源氏と藤壷の不義の子で、その事実を隠していることから発生しているのだ、と告げられる。

冷泉帝は、ショックのあまり、退位まで考えることになる。この時、冷泉帝はわずか14才だった。

薄雲:光源氏の最愛の女である藤壷の死

光源氏が、その幼き日からずっと思い続け、愛し続けてきた藤壷が、ついに37才と言う若さで亡くなってしまう。

その死は、近親者だけでなく、都中が悲しみに沈んだ。”殿上人など、なべて、ひとつ色に黒みわたりて、物の映えなき、春の暮れなり”と表現されている。

春の終わりに亡くなるということは、桜が散ることを象徴しているのかもしれない。

光源氏は悲しみに暮れる。念仏堂にこもり、一日中、涙に暮れて過ごす。その時に詠んだ歌が、この帖の題名にもなっている。

入日さす峰にたなびく薄雲は物おもふ袖に色やまがえる

薄雲:明石の上の悲しい別れ

明石の上は、光源氏から、二条の屋敷に引っ越すことを盛んに勧められるが、自分が地方出身で、家柄も良くないことを理由に、躊躇している。

光源氏は、せめてそのかわいい娘だけでも引き取りたいと望み、明石の上も周囲の説得もあり、ついに承諾する。

この帖では、その母子の別れが、感情豊かに表現され、愛する子供引き離される、明石の上の悲しみが読者に伝わってくる。

明石の上の劣等感は、自分が都でなく地方の出身であること、身分が低いことから来ている。当時社会には、すでに中央と地方、身分社会というものが、日本の社会に確立していたことがわかる。勿論、それは、今でも続いている。

明石の上は、この物語の中で、珍しく地名が名前になっている。そんなところにも、彼女の立ち場がよく表れている。

2012年4月7日土曜日

松風:まるで現代ドラマの1シーン

光源氏は、明石上の生んだ女の子があまりにかわいいので、自分の近くに置いておきたいが、明石上は別邸に住んでいる上に、自分は紫の上と暮らしている。

光源氏は、その娘を引き取り、紫の上に育ててほしいと願っているが、紫の上がそれを簡単に承知するはずもない。

光源氏は、いろいろ姑息な手段をつかいながら、子供好きな紫の上の性格を利用して、紫の上にその話を納得させようとする。

そうした光源氏と紫の上のやりとりは、まさに現代のテレビドラマの1シーンを見ているようだ。

松風:松風の音ってどんな音?

都にきた明石上。光源氏がなかなか会いにきてくれず、光源氏の形見の琴をかきならしていると、秋の松風の音がそれに合わせるように聞こえてくる。その際に、母の尼君が詠んだ歌。

(尼君)身をかえてひとり帰れる山里に聞きしに似たる松風ぞ吹く

なんとも、秋の風情を感じさせる情景。しかし、せちがない都会の暮らしの中では、松風など聞けるはずもない。

昔の人々は、この場面を読みながら、自分が聞いたことのある松風の音色を思い出したのだろうが、現代人には、そうした読み方はもうできないのかもしれない。

松風:明石の君と入道の別れの歌

松風の帖には、冒頭で、明石上が、光源氏の待つ都に向かうため、母である尼君とともに明石を離れるシーンがある。

その際に、明石に残る父の入道と交わした和歌が、家族の別れの悲しさをよく表している。

(入道)行き先をはるかに祈る別れ路に堪えぬは老いの涙なりけり

(尼君)もろともに都は出できこのたびやひとり野中の道にまどはむ

(明石上)いきて又あひ見むことをいつとてか限りも知らぬ世をば頼まむ

いずれも、何の技巧もない、実に素直な気持ちを表現した歌だ。

源氏物語の作者は、その場面に応じて、またその登場人物の気持ちや立場に応じて、様々なパターンの歌を作ることができたのだ。

2012年3月31日土曜日

絵合:引退の準備をする光源氏

絵合の帖で、光源氏は、自分が若くして位を極めてしまったことについて、こうした人は長生きしない、と昔からいわれていることを気にして、引退を意識する。

そして、山里ののどかな場所に、御堂をたて、仏像や教典を準備する。

結局は、すぐに引退することはできないのだが、31才にしてすでに引退を意識する、というところは、光源氏の人間性をよく表している。

絵合:日本人は合戦好き

絵合の帖では、冷泉帝の前で、光源氏側の梅壷女御と、頭中将側の弘徽殿女御が、それぞれ持ち寄った絵について、どちらが素晴らしいかという合戦、絵合を行う。

結果は、いうまでもなく光源氏の勝ちになるのだが、それにしても、日本人は昔から、こうした対抗戦形式の合戦が好きだった。

その最たるものが紅白歌合戦。似たバリエーションは、テレビ上に溢れている。柔道もプロレスも、対抗戦がある。

絵合:「あはれ」とは何か

「あはれ」という言葉は、源氏物語の中で何度も登場する。この言葉を一言で表現するのは難しい。一言で表現できない場合に、この「あはれ」が使われている。

絵合の帖で、前斎宮が冷泉帝に輿入れする。前斎宮を愛していた朱雀帝は、悲しみに暮れながらも、心のこもった品々を贈る。前斎宮は、そうした品々を目の前にし、朱雀帝の心を思い、「あはれ」という。

その時の前斎宮の気持ちを表そうとすれば、実にいろいろな言葉で、長い文書を使って表現することができるだろう。

しかし、源氏物語においては、そうした気持ちを「あはれ」と一言で表現している。

2012年3月24日土曜日

関谷:物悲しい秋の象徴としての空蝉

光源氏と空蝉が、逢坂の関で再会するのは秋。秋といえば、なんとも言えない物悲しさを感じる。

空蝉は、光源氏から身を引いた後は、それでも常に光源氏のことが忘れられずに、それこそ、まるで蝉の抜け殻のようになってしまう。

そして、夫の死後、後妻である自分の立場の弱さもあり、やがて出家する。

空蝉は、この帖では、まるで秋の物悲しさを象徴するような存在として描かれている。

日本人は、この世の人間の営みを、季節の中に置くことで、その意味を解釈してきたのだ。

関谷:空蝉の悲しい結末

光源氏と一度は関係を持ちながら、身分の違いを感じて、自ら身を引いた空蝉。その空蝉が、逢坂の関で光源氏と再会する。すでに10年以上の月日が流れていた。

空蝉は、その後、夫が亡くなり、その継子から求婚されるが、それを受け入れずに出家してしまう。

空蝉は、一度は身を引いたものの、結局は光源氏のことが、終世忘れることはできなかった。

逢坂の関で、光源氏と再会した際に空蝉が呼んだ歌に、彼女の思いがよく現れている。

行くと来とせきとめがたき涙をや絶えぬ清水と人は見るらむ

蓬生:当時の京都には狐も住んでいた

およそ1000年前の京都は、国の都とはいえ、まだまだ緑に囲まれ、自然が多く残っていた。

蓬生の中にも、末摘花の荒れ果てた住まいを記述した部分は、このようになっている。

もとより荒れたりし宮のうち、いとど、狐のすみかになりて、うとましう、け遠き木立に、梟(フクロウ)の声を、朝夕に耳ならしつつ・・・

いわゆる住宅地の中にも、手入れが行き届いていない場所には、キツネやフクロウが住んでいたのだ。

蓬生:短編小説としても読める美しい小品

蓬生は、源氏物語の本筋とは外れ、末摘花を巡るエピソードだけで構成されている。この帖だけを単独の短編小説としても読める。

冒頭では、末摘花の住む家の荒れ果てた様子が描写される。父親が亡くなり、保護する人もいないので、家は荒れるばかりで、盗人も避けるような、凄まじい状況。

見かねた叔母が、自分がこれから転居する筑紫に一緒に行かないかと誘うが、それを断る末摘花。

そして、ついに光源氏が訪れて、これまで訪問しなかったことを詫び、末摘花を絶望のどん底から救い出す。

荒れ果てた末摘花の屋敷の描写。末摘花、光源氏、叔母のそれぞれの心理描写。暗いトーンで始まり、最後はハッピーエンドが訪れるその構成。どれをとっても、見事の一言。

蓬生:最後に笑った末摘花

末摘花の帖で、鼻が大きく、教養にもかける女性として描かれた末摘花が、この帖では、その一途な思いが光源氏に通じて、ついに幸運を手にする。

父を失い、他に後ろ盾もなかった末摘花。光源氏も訪れず、屋敷は荒れる一方。筑紫に引っ越す叔母が、彼女をいっしょに行かないかと誘うが、頑として断り、ひたすら光源氏を待ち続けた。

明石から戻った光源氏が、偶然近くを通りかかり、末摘花を思い出す。光源氏はそのことを詫び、彼女を自分の屋敷に引き取り、その後は、丁重に扱うことになる。

光源氏が再訪した際に、読み交わした歌。

(光源氏)藤波のうち過ぎがたく見えつるはまつこそ宿のしるしなりけり

(末摘花)年を経て待つしるしなき我が宿を花のたよりに過ぎぬばかりか

末摘花は、かつては、その場に応じた歌も返せないほどだったが、その厳しい状況を絶え続けたことによって、いつのまにか、その教養も自然と磨かれていたようだ。

2012年3月20日火曜日

澪標:象徴的な六条御息所の死

光源氏にとって、いいことずくめの澪標の帖だが、唯一の暗い出来事が、六条御息所の死だ。

光源氏にとって、最も古くから関係のある女性の一人で、正妻になってもおかしくなかった女性。その一方で、その生霊が、夕顔、葵の上を死に追いやってしまった。

藤壷はすでに出家し、光源氏との関係はなくなっていた。彼女の死によって、光源氏には年上の恋人はいなくなった。

六条御息所の死は、源氏物語全体の中で、光源氏のいわば青年時代の終わり、社会的にも世の中を動かしていく、壮年時代への変化の象徴になっている。

澪標:保護者としての光源氏

光源氏も、この帖では29才。数えで30才は、論語でいう而立の年。すでに、恋のみに生きる男ではなくなっていた。この帖では、保護者としての光源氏が描かれる。

政治家としては、息子の冷泉帝を補佐する形で内大臣に就任。

明石の地で結ばれ、光源氏の娘を産んだ明石の君を、正妻の紫の上に承諾させた上で自宅に迎える。

伊勢から都に戻った六条御息所が亡くなる際の遺言により、その娘の前斎宮の保護者となる。

さらに、かねてより関係のあった花散里も保護する準備を整えていく。

澪標:光源氏の復活

葵の上の死後、徐々に落ち目になっていった光源氏。この澪標の帖で、一気に復活する。

朱雀帝に許され、都に復帰すると、朱雀帝は健康を理由に退位する。変わりに光源氏と藤壷の不義の子、冷泉帝が即位。光源氏は摂政を辞退し、内大臣になる。

その復活のきっかけをもたらしてくれた、住吉大社への参拝には、大行列で臨み、その権力の大きさを世間に誇示する。

明石:都へ戻る光源氏の心情

源氏物語には、実に多くの和歌が歌われている。中には、現代の私たちにはわかりにくい、あるいは難しい歌もある。

しかし、ついに朱雀帝から許しを得て、都に帰る心情を歌った光源氏の次の和歌は、その歌も、歌に歌われている心情もよくわかる。

みやこ出でし春の嘆きに劣らめや年経る浦を別れぬる秋

明石:人間の業を越えた意思

須磨で寂しく過ごす光源氏の前に、亡き桐壺帝の霊が現れて、光源氏の都への帰還が近いことを告げる。

桐壺帝の霊は、朱雀帝の前にも現れそれを促す。朱雀帝は、光源氏の帰郷を許し気持ちになるが、母の弘徽殿大后がそれを許さない。

しかし、都には嵐が吹き荒れ、朱雀帝は目の病いになり(世の中が見えていないということか?)、弘徽殿大后も病にかかり、ついに朱雀帝は、光源氏の帰京を許す。

人間の業を越えたものがこの世には存在し、人間はそうした声に耳を傾けなければならない。この時代の人間にとっては、それは当然のことだった。

現代の私たちは、つい最近になって、ようやくそのことに気がついた、あるいは思い出したようだ。

明石:明石入道の存在感

須磨までは、いわゆる畿内の地なので、都の行政区内にあたる。そのすぐ隣の明石からは、播磨国となり、いわゆる地方の行政区になる。

その明石で地方の有力者だったのが、明石入道。住吉の神を深く敬っているということから、瀬戸内海の海洋貿易で富を得たのだろう。

須磨の光源氏の住まいが、みすぼらしいものだったのに比べ、明石入道の屋敷は非常に立派に描かれている。

そして、明石入道は娘を光源氏に嫁がせる。親の英才教育のせいもあり、この明石の君は、つつましくも教養に溢れた女性であった。光源氏は、須磨の地でもんもんとしていたせいもあり、この姫にイチコロになる。

しかし、それにしても、わたしはこの明石入道が、どうしても平清盛と重なってしまう・・・。

2012年3月19日月曜日

須磨:海竜王にも好かれる光源氏

須磨において、人のすすめもあり、陰陽師に頼んで海辺で禊を行ったところ、急に海が荒れ始め、暴風雨となってしまう。

光源氏は、その日見た夢から、海竜王に好かれてしまったのではないか、と考える。

そうとも受取れるが、光源氏は多くの女性を泣かせているので、その身を浄めるには、海竜王の力を借りる必要があった、とも解釈できる。

須磨:数多くの和歌が紹介される

源氏物語は、歌物語と言われるが、この須磨の帖では、じつに多くの和歌が紹介される。

右大臣派から避難された光源氏が、都からはなれた須磨に移るために、出発の前に多くの人を訪ね、移ってからも手紙などのやりとりがあるため、そうした際に、歌が詠まれるということになる。

葵の上の死を招き、自ら伊勢に去ってしまった六条御息所とさえも、和歌のやり取りをしている。

花散里:光源氏を振った女

短いこの帖には、光源氏を振ってしまう一人の女性が登場する。

光源氏が花散里を訪れる途中、中川というところで、昔訪ねた家を見つけ、昔の女性に和歌を送るが、返事はそっけない。

葵の上、桐壺帝の死などで落ち込んでいる光源氏にとっては、さらなる追い打ちをうける悲しい出来事だが、それが、続く花散里との出会いを、より一層、癒しに満ちたものにもしている。

花散里:もっとも短い帖

源氏物語の中でも最も短い花散里の帖。しかも、5月の五月雨が開けたあるたった一日の様子を描いている。

かつての恋人、花散里のもとを訪ね、いろいろと憂鬱な事柄が続き、落ち込み気味だった光源氏が、桐壺帝ありし日を懐かしむという設定になっている。

橘の香をなつかしみほととぎす花散る里をたづねてぞとふ(光源氏)

人目なく荒れたる宿は橘の花こそ軒のつまとなりけれ(麗景殿女御)

この2つの和歌によって、短いながら、わすれられない印象を残す帖となっている。

賢木:当時の中国文化の影響

賢木の帖には、藤壷が出家する際に登場する、仏教の行事である法華八講、光源氏が開催する漢詩の催しの韻塞ぎ(漢詩の韻の部分を当てる遊び)など、中国の影響が濃い文化的な側面が登場する。

源氏物語の時代は、和歌や仮名言葉に代表されるいわゆる国風の時代といわれるが、やはり中国文化の影響は、大きかったようだ。

また、この帖に登場する横川の僧都は、様々な地獄を描いた『往生要集』の作者、源信がモデルであるといわれている。

すでに、この時代にも、末法思想の片鱗が現れていた、ということだろうか。

賢木:桐壺帝の死を引き起こしたもの

光源氏が、伊勢に向かう六条御息所と逢瀬を重ねていることと前後し、桐壺帝が突然の病いでこの世を去ってしまう。

光源氏は、伊勢神宮に斎院として向かう人がお祓いのために暮らす野宮を訪ね六条御息所に合う。しかも、その六条御息所は光源氏の正室、葵の上を呪い殺した張本人なのだ。

桐壺帝の死は、そうした光源氏の振る舞いの結果、もたらしたものなのだろうか。

しかし、当時は現在のような道徳概念はなかったのかもしれない。光源氏は、独立した個人というよりも、その時その時の状況に応じて、自分に与えられた役回りを、ただただ演じているだけなのかもしれない。

賢木:泣き虫の光源氏

葵の帖においては、葵の上の死を中心に全体的に暗いトーンだったが、続くこの賢木の帖においても、その暗いトーンが続いている。

六条御息所の伊勢への旅立ち、桐壺帝の死、そして光源氏の憧れの存在、桐壺帝の側室だった藤壷の出家と、光源氏にとって悲しい事件が続く。

光源氏は、そうした悲しい自体に直面し、よく涙を流す。この時代の男性はよく泣いたのだろう。悲しい時には、涙を流すのが本来は自然なことなのだ。

2012年3月18日日曜日

葵:葵の上の死

源氏物語の中でも、もっとも不幸な女性の一人として描かれているのが、光源氏の正妻である葵の上である。

葵の上は、この帖で、六条御息所の生き霊によって、わずか26才と言う若さで亡くなってしまう。

光源氏は、この葵の上の死をひどく悲しむのだが、喪が明けるとすぐに、誘拐して手に入れ、女としての英才教育を施したわずか14才の紫の上を抱いて、正妻にしてしまう。

この葵の上の存在をどのように考えるのか。この物語の読み方を左右する、大きな分岐点であるように思える。

葵:車争いで争われたもの

葵の帖は、有名な車争いが行われる。

旧暦4月に行われる賀茂祭において、光源氏の正妻と愛人の六条御息所が、祭列の見物場所を巡って争いを起こす。葵の上が場所取りに成功し、六条御息所は場所を奪われ、自らの車も壊されて落ち込んでしまう。

しかし、その恨みは生き霊となって葵の上を襲い、葵の上は光源氏との子、夕霧を産んだ直後に亡くなってしまう。

源氏物語の中でも、もっとも劇的な展開の一つであるこのエピソード。この争いは、正妻と愛人という構図、それに、左大臣の娘である葵の上と、かつて東宮であった夫を亡くし、後ろ盾を失った六条御息所との闘いでもあった。

車争いで敗れた六条御息所は、そのリターンマッチとして、自らが持つスピリチュアルなパワーで、葵の上を呪い殺してしまう。

このエピソードには、当時の社会において、人々の争い事がどのような構図の中で捉えられていたのかを教えてくれる。

2012年3月17日土曜日

花宴:光源氏の自負

光源氏が朧月夜と初めてであったとき、朧月夜は、光源氏と気付かずに、”誰か来てください”、と周囲に助けを求める。その時に、光源氏が言った言葉。

まろは、皆人に、ゆるされたれば、めし寄せたりとも、何條事かあらん。

私は何をすることも許されている、誰を呼んでも、(私に)何もできませんよ。

何とも凄い言葉だ。

花宴:劇的に登場する朧月夜

源氏物語の中で、もっとも劇的に登場するのは、この朧月夜だろう。

皆が寝静まった宮廷の中で、”この美しい朧月夜に比するべきものなどなにもない・・・”と語りながら登場し、光源氏はすぐに心を奪われてしまう。

朧月夜は、光源氏のライバルにあたる右大臣の娘。右大臣が東宮のもとに輿入れさせることがすでに決まっている。実に微妙な立場にある女性。

空蝉と並んで、実に短い帖だが、朧月夜を印象付けるためにあるようだ。

紅葉雅:紫式部による光源氏の心情の表現力

紅葉雅で、最も印象に深いシーンは、光源氏が、藤壷との不義な関係の結果から生まれた子を、桐壺帝が光源氏とよく似ているといって喜ぶ場面だろう。

この時の光源氏の心情を、作者は以下のように表現している。

中将の君(光源氏)、面の色かはる心地して、恐ろしうも、かたじけなくも、うれしくも、あわれにも、かたがたうつろう心地して、涙落ちぬべし。

いろいろな感情が光源氏の中で揺れ動く様子が、実に見事に表現されている。

本居宣長は、源氏物語をして、”物のあわれ”が表現されている物語だとしたが、私はそれ以上のものだと思っている。

紅葉雅:源典侍にみる大人の女性の魅力

この紅葉雅でもっとも印象的な人物は、間違いなく源典侍だろう。

典侍とは、天皇の近くで働く上級の女官。彼女は57、58才と言う設定。自ら光源氏を誘うそぶりを見せるなど、大人の女性の魅力を振りまいている。

後半では、光源氏と頭中将のあいだで、滑稽な役回りを演じることになる。

現代においても、こうしたキャラクターの女性は私たちの身近にいる。源典侍の存在は、源氏物語の現代性をよく表している。

紅葉雅:ポリフォニックな展開

光源氏を巡り、登場人物が多いこの物語では、複数のエピソードが交錯して展開され、読者を飽きさせない。この紅葉雅でも、大きく3つのエピソードが展開する。

この紅葉雅の基調になっているのは、光源氏と藤壷の不義の子の誕生のエピソード。桐壺帝はその事実を知らず、無邪気に男子の誕生を喜んでいる。

2つの目のエピソードは、打って変わって明るい内容。50代の女性、源典侍を巡って、光源氏と頭中将がじゃれ合う。

3つ目のエピソードは、光源氏が誘拐した、紫の上との微笑ましいエピソード。

そうした多くのエピソードが重なりあい、この長大な物語を、他の類を見ない、人間の全てが描かれている、ポリフォニックなものにしている。

2012年3月12日月曜日

末摘花:後ろ盾を失った女性の現実

末摘花は、常陸親王という王族の娘だが、父を病いで失い、その後ろ盾を失い、貴族としては貧しい暮らしをしていた。光源氏に近づいたのも、そうした現状を改善するためだった。

光源氏の母も、美しい容姿を持ちながら、これといった後ろ盾がいなかったことで、不幸な結末を迎えた。

また、光源氏が強引に引き取った紫の上も、同じような境遇だった。

源氏物語には、そうした女性達が多く登場する。当時の現実を、反映したものだろう。

末摘花:源氏物語のスケルツォ

末摘花は、源氏物語の中でも、もっともコミカルなものの一つ。いわば、源氏物語のスケルツォだ。

末摘花自体が、センスに欠け、赤い大きな花を持つ容姿から、周りに失笑をさそわせるような存在。

また、この末摘花を巡って、光源氏と頭の中将の間で行われる、獲得までのバトルも笑える。

2012年3月11日日曜日

若紫:藤壷の懐妊と紫の上の登場

藤壷は、天皇の女御でありながら、光源氏と関係を持ってしまい、ついに、後の天皇となる運命の子を身ごもってしまう。

その同じ帖で、光源氏は、藤壷の姪御にあたる幼い紫の上と出会う。

これは、光源氏がいわば、二人の子どもを持ったということを意味する。そして、この二人の子が、光源氏の人生に、大きな意味を与えていく。

若紫:少女趣味の光源氏

光源氏が、のちに生涯の実質的な伴侶となる紫の上との出会いを果たす、全体の物語の中でも大きな意味のあるこの帖は、紫の君が幼いことから、若紫と呼ばれる。

それにしても、紫の上は、この時およそ10才くらい。光源氏は18才くらいと考えられる。愛する藤壷の親類で、顔がそっくりだからとはいえ、その少女趣味は驚かされる。

そして、紫の上の後見人が死を迎えると、別な人間の保護下に入ってしまうことを恐れ、彼女を誘拐し、自分の家に引き取ってしまう。

そして、光源氏は、紫の上を自分の理想の女性に育て上げていく。これは、ある意味では、男という生き物の、理想を描いている。というよりは、それは、女性から見たときの、”男としての理想”なのかもしれない。

夕顔:夕顔の突然の死

夕顔は、光源氏と夜を過ごしている時に、不幸にも突然死してしまう。それは、美しい女性の霊に、呪い殺されたように書かれている。

この時代、人は、意外にあっけなく、なくなってしまったのかもしれない。当時の人々は、その死を、呪いや魔物のせいにしたのだろう。

光源氏は、この夕顔の法要を自ら営む。そして、その夕顔と友人の頭の中将の子を、ひきとろうとするのであった。

夕顔:光源氏の恋の入り方

光源氏は、この帖で夕顔という女性と恋に落ちる。その恋への落ち方が光源氏らしい。彼は、一度も顔を見ることなく、夕顔に恋心を抱く。

ふとした訪問先で、夕顔の花を見つけ、それを持って帰ろうとすると、その家の住人が”これに載せて持って帰ってください”と和歌が書かれ、香が焚かれた扇を渡してくれる。光源氏は、その奥ゆかしさにイチコロになる。

この女性は、このエピソードにちなんで、夕顔と呼ばれる。この女性にイメージ、その後の運命も、その花の名前、この出会いのエピソードに象徴されている。

光源氏も含めて、この物語の全ての主人公は、すべて、何かを象徴している。いわゆる現代で言うところの”個人”ではない。あくまでも、ある役割や性格を与えられた存在なのだ。でも、現代の私たちも、本当に”個人”なのだろうか?

2012年3月4日日曜日

空蝉:軒端荻より空蝉を好む光源氏

空蝉は、あまり美しい女性ではなかった。しかし、その佇まいが、独特な風情と教養を持っていた。

一方の軒端荻は、空蝉より美しくグラマラスだが、あけすけで身持ちも軽い女性だった。

光源氏は、軒端荻ではなく、空蝉の方を好んでいた。空蝉に逃げられ、軒端荻と一夜を過ごすが、その心は空蝉から離れなかった。

空蝉:不自然なほどの短さ

空蝉は、いわば帚木からの続きである。それは、不自然なほど短い。

帚木で、再開を果たせなかった空蝉に、光源氏がもう一度アタックをかけるが、再び空振りに終わる。

帚木が、雨夜の品定めと、空蝉との一夜の恋から構成されている。この帚木を、雨夜の定めだけの編とし、空蝉との逢瀬について、1つの編にまとめてもいいように思える。

帚木:高コンテキスト社会の日本

光源氏と空蝉は、帚木という信濃の国につたわる伝説の木についての歌を交わす。

これは、両者がすでにこの木を歌った有名な歌を知っていたことを意味している。

歌を送る方は、元の歌の意味を良く理解していないと、その場にあった適切な歌を作れないし、送られた方でも、元の歌と、送られて歌の双方を正しく解釈しないと、気のきいた返歌を返すことができない。

日本は、この時代から、高コンテキスト社会であった。そこで語られることは、いわば、すでに決まったこと、演劇の台本を読むように、語られるのだ。

帚木:平安時代の自由な男女関係

光源氏は、左大臣の娘、葵の君と結婚していながら、夫婦仲はよくなかった。

雨夜の品定めの部分では、男たちが、自分の恋愛経験を語る。

そして、光源氏は、人妻の空蝉と一夜を過ごす。

女系社会で、通い婚であった平安時代。男女の関係は、現在よりももっとおおらかだった。

桐壺:周囲の嫉妬と桐壺更衣の死

桐壺帝から破格の愛情を受けた桐壺更衣は、周囲の女御たちから激しい嫉妬に合う。

そのせいもあってか、桐壺更衣は病いになり、やがて幼い光源氏を残し、儚くこの世を去っていく。

桐壺更衣は、周囲の女御たちからの激しいいじめに遭い、大変なストレスを感じていた。それが、やがて若い死をもたらすことになった。

この時代の日本人は、人の思いが、実際の世の中の事象に影響すると考えていた。死んだ人の怨念が、生きている人に災難をもたらす、といった風に。

これは、決して荒唐無稽な話でもない。人の思いは、何らかの表情や態度といった形で表面に現れる。それは、思いの対象である相手に、何らかの心理的な影響を与える。

心の細いひとほど、そうした感情に押しつぶされてしまっただろう。桐壺更衣も、その一人なのかもしれない。

桐壺:物語の始まり

桐壺帝が、桐壺更衣に常ならぬ愛情を注いだことから、この長い物語が始まる。

天皇として、後ろ盾もない、ただ美しいだけの女性に入れこむことは、許されないことだった。

しかし、その許されない行為、常ならぬ行為が、この壮大な物語の始まりだった。