2012年3月24日土曜日

関谷:物悲しい秋の象徴としての空蝉

光源氏と空蝉が、逢坂の関で再会するのは秋。秋といえば、なんとも言えない物悲しさを感じる。

空蝉は、光源氏から身を引いた後は、それでも常に光源氏のことが忘れられずに、それこそ、まるで蝉の抜け殻のようになってしまう。

そして、夫の死後、後妻である自分の立場の弱さもあり、やがて出家する。

空蝉は、この帖では、まるで秋の物悲しさを象徴するような存在として描かれている。

日本人は、この世の人間の営みを、季節の中に置くことで、その意味を解釈してきたのだ。

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