光源氏は、この帖で夕顔という女性と恋に落ちる。その恋への落ち方が光源氏らしい。彼は、一度も顔を見ることなく、夕顔に恋心を抱く。
ふとした訪問先で、夕顔の花を見つけ、それを持って帰ろうとすると、その家の住人が”これに載せて持って帰ってください”と和歌が書かれ、香が焚かれた扇を渡してくれる。光源氏は、その奥ゆかしさにイチコロになる。
この女性は、このエピソードにちなんで、夕顔と呼ばれる。この女性にイメージ、その後の運命も、その花の名前、この出会いのエピソードに象徴されている。
光源氏も含めて、この物語の全ての主人公は、すべて、何かを象徴している。いわゆる現代で言うところの”個人”ではない。あくまでも、ある役割や性格を与えられた存在なのだ。でも、現代の私たちも、本当に”個人”なのだろうか?
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