光源氏が、その幼き日からずっと思い続け、愛し続けてきた藤壷が、ついに37才と言う若さで亡くなってしまう。
その死は、近親者だけでなく、都中が悲しみに沈んだ。”殿上人など、なべて、ひとつ色に黒みわたりて、物の映えなき、春の暮れなり”と表現されている。
春の終わりに亡くなるということは、桜が散ることを象徴しているのかもしれない。
光源氏は悲しみに暮れる。念仏堂にこもり、一日中、涙に暮れて過ごす。その時に詠んだ歌が、この帖の題名にもなっている。
入日さす峰にたなびく薄雲は物おもふ袖に色やまがえる
0 件のコメント:
コメントを投稿