2012年4月15日日曜日

薄雲:人の世と自然との連動

藤壷が亡くなった年は、光源氏の亡き正妻、葵の上の父である太政大臣が亡くなった年でもあった。

その年は、疫病が発生するなど、自然界にも不思議なことが起こっていた。”天つ空にも、例に違える、月・日・星の光りみえ、雲のたたずまひあり”と記されている。

この時代、人間の社会と自然は、連動していると考えられていた。

この帖の後半で、実はそうした出来事が、ある僧都の口から、時の天皇である冷泉帝に対して、冷泉帝が光源氏と藤壷の不義の子で、その事実を隠していることから発生しているのだ、と告げられる。

冷泉帝は、ショックのあまり、退位まで考えることになる。この時、冷泉帝はわずか14才だった。

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